clap story | ナノ



  第拾捌話


「さて、じゃあ何から買いに行こうか?」


レトロ感溢れる街並みが特徴的なこの地域は明治大正時代をイメージしていると日記に書かれていたような気がする。
漢字で書かれている看板を横目で確認していれば、振り返った佐疫が私にそう聞いてきた。


『……何でもいい』
「あ!じゃあゲームから買いに行こうぜ!」
「駄目だ。先に家具から買いに行く方が効率が良いだろう」
「えー!?ぜってぇゲームから買った方がいいって!売り切れたらどうするんだよ!」


言い争い始めた平腹と斬島を見かねた木舌が収めようと間に入ったのを確認してから私は他人のフリをしながらも周りにどんな店があるのかそちらに目を向けた。
飲食店の他洋服屋や美容院等が並ぶ中私の目はとある店に釘付けになる。看板には何やら難しい漢字が並んでいて今の私には解読が出来ないが、ショーウィンドウから見えるものからして多分ペットショップなのだろうと思う。
顔が二つの犬のような生物や、足が八本程生えた猫のような生物など見たことない生き物がゲージの中で大人しく外の景色を眺めていた。

私はちらりとまだ何事かを言い争っている2人を見ると、何故かその輪の中に佐疫と谷裂と田噛まで参戦しているのを確認してしまった。
いい大人達が買い物に行くだけで何を言い争うことがあるのだろう。そんな事を思いつつも、まだまだ収拾がつかないだろうということを理解する。
……なら、少しだけこの場を離れても問題はないだろう。
私は最後にもう一度彼等を見てからそそくさとペットショップに足を向けた。


そっと扉を開けるとドアに付いていたベルがカランカランと軽い音を立てて来客を知らせる。
するとその音を聞き付けてか、奥から比較的若い男性がゆったりとした足取りでこちらにやって来た。


「いらっしゃいませ。……おや?獄卒さんが来店なさるとは珍しいですね」


男性店員は私の足元から頭までじっくりと眺めると目尻を下げて笑う。それから、何かあれば声を掛けて下さいと言うとそのままレジの前に移動した。
どうやら此処では店員があれやこれやと勧めてくるようなやり方で販売している訳ではないようだ。
てっきり売り出されている生き物達のことを説明されるものだと思っていた私は面食らってしまうが、ずっと立ち塞がるのも店の邪魔にしかならないので近くのゲージから順々に見て行く事にした。

中に居る生物の事はさっぱり分からないが、それでも私の知的好奇心を擽る様なものばかり居たからか気がつけばそれなりの時間が過ぎていたかも知れない。
だがスライム状の何かの中に目玉がポツンとある生物や、真っ黒な球体が複数集まったような生物なんかが居れば誰だってじっくりと観察してしまうと私は思う。寧ろ私がそうだった。
そろそろ戻るかと踵を返そうとした私に背後から何かがむぎゅりと引っ付いて来た。


『……?』
「おや……すみません、どうやら夢羊ゆめひつじが貴方を気に入ったようですね」
『夢羊……?』


聞いたことのない名前に首を傾げていれば、レジに居た男性店員がこちらにやって来て私の背後にしがみついているそれを引き剥がす。そして私にその夢羊というものを見せてくれた。
それは少し大きめのぬいぐるみ大の大きさの羊だった。しかし、羊とは違いそれには六つの足と妖精が持つような薄い羽が生えている。見た目はぬいぐるみのようなのに、どことなく蟲のようにも思えるそれに私は酷く興味を引かれた。


「夢羊は触れた相手の夢を感じ取って、自分の体毛の色を変える事が出来るのですよ。獄都では非常に人気の高いペットで、飼育に関しても特にこれといって手間が掛からない事でも有名です」
『へぇ……』
「夢羊は空気中の水分を主食としているので我々が餌を与える必要が無いのですよ。また、彼等の体毛を毛糸にして色々なものを作る事も可能なので特に女性に人気のペットですね。丈夫なので、洋服なんかにも使われている事が多いですよ」


男性店員が説明をしてくれている間もその夢羊はもぞもぞと短い足を動かして腕の拘束から逃れようとしていた。
なんだか可愛いなあ、と思いながらその体毛を撫でてやれば途端に夢羊は大人しくなる。そんな様子を見て男性店員は苦笑を浮かべた。
その時カランカランと再びベルの音が店内に響いた。男性店員がすぐさまその音に反応してそちらに顔を向けたので、私も釣られてそちらを見た。
……そこに居たのは、木舌だった。彼はキョロキョロと辺りを忙しなく見回していてまるで誰かを探しているような様子だった。男性が近付くと彼は人の良さそうな笑みを浮かべてそちらを見る。それから木舌はその後に居る私に目を向けると大きく目を見開いた後に私にでもハッキリと分かるぐらい貼り付けた笑みを浮かべたままずんずんとこちらへやって来た。


『……木舌?』
「急に居なくなるから、本当に心配したよ」


そう言ってポン、と軽く私の頭を撫でる木舌。私そっちのけで言い争っていたのはお前らだろう、と思ったがそれを口に出すことはせずただされるがままに撫でられておくことにした。触らぬ神に祟りなしというやつだ。


『……木舌』
「ん?どうしたの?」
『……夢羊を飼いたいんだが、特務室はペット禁止なのだろうか?』
「んー、禁止はしてないから飼っても大丈夫だよ。でも意外だなぁ、殺部なら煉獄獣とかそういうのを選ぶと思ったんだけどなぁ」


目を丸くして言う木舌に首を傾げるが、何はともあれペットを飼うことに関しては禁止されていないらしい。
それを確認した私は先程から私達の会話を微笑みながら聞いていた男性店員に視線を向けると、彼は心得たとばかりに頷いて奥から契約書等の資料を取り出して来る。
そして私がその契約書に目を通そうとレジの方に向かう途中、突然木舌がそれを止めた。


「可愛い末っ子へのプレゼントってことで、俺が買ってあげるよ」
『……金ならあるぞ?』
「まあまあ、そう言わずに大人しくプレゼントされなさいって」


スッと災藤さんに渡されたカードを取り出してそう抗議するも、木舌は苦笑を浮かべたまま聞く耳を持たない。それどころか、そのままスムーズな流れで契約書にサインして会計まで済ませてしまった。
折角の初めての買い物だったのに。
ムスッと顔を顰めていれば、たった今私のペットとなった夢羊がふわふわと近くまで飛んできて頭の上に止まった。
もふりと羊毛のような柔らかさが髪を伝う。

ああ、この子に名前を付けてあげないとな。


 

[back]