clap story | ナノ



  第拾漆話


三人曰く、この獄都では銀行のカードがそのままクレジットカードのように活用できるらしい。勿論、現金での支払いも使用できるが、大概はそのカードを使っているようだ。


「多分、特務室ここに異動する時に口座も変更になってるはずだよ。肋角さんか災藤さんに一度聞いてみよっか」
『…………嗚呼』
「そう怒るな。まさかそんな事まで知らないとは俺達も思ってもみなかったからな」
『…………嗚呼』


不貞腐れた顔で返事を返せば、木舌が苦笑を浮かべながらも頭を撫でてくれる。谷裂も呆れたような顔をしつつも、丁寧に色々なことを教えてくれた。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥とはよくいう言葉だが私のメンタルは大いに磨り減った。キリカさん特製のオムライスを頬張った瞬間に回復しましたけどね。現金な奴?知ってる。

ちなみに今佐疫は部屋に戻って出掛ける準備をしている。私の発言を聞いて驚いた後、大丈夫!欲しいものがあったら俺が全部買うから!ととても爽やかな笑顔で言うや否や身支度をしに鍛錬場を出て行ったのだ。待って獄卒の給料ってそんなにいいんですか!?と開いた口が塞がらなかったが、実際獄卒の給料っていくらなんだろうか。スプーンを口に咥えたままそんな事を考えていたからか、私はすぐそばまで忍び寄って来ていたある人に気が付かなかった。


「駄目だよ、スプーンを咥えるのは」


そっと肩に手を置かれ、もう片手は私が咥えていたスプーンを抜き取る。しかし私はその人の顔を見て呆然と固まっていた。
何故なら長いロングコートに白銀の髪をオールバックにしたその人……災藤さんがそこに居たからだ。災藤さんは私の口から抜き取ったスプーンを皿の上に戻すと、懐から一枚のカードを取り出してそれを私に握らせる。黒を基調に赤のラインが入ったシンプルだが大人なデザインのカード。そこには幾つかの数字と殺部という文字が入っており、裏側にはバーコードのようなものも刻まれている。金の文字だなんて随分と洒落ている。
これが何なのか分からず、カードを見ていた顔を上げて災藤さんを見つめれば彼は穏やかな笑みを浮かべながら説明してくれた。


「それは新しい殺部の口座カードだよ。斬島から殺部と買い物に行くと聞いてね、肋角から渡すように頼まれたんだよ」
『……有難うございます』
「ふふ、外は危ないからね。知らない人には気を付けるんだよ?殺部は素直でいい子だから……そこに付け込まれて食べられてしまうかも知れない」
『……はあ、気をつけます』


災藤さんは私の唇を軽く撫ぜながら妖艶な笑みを浮かべる。そんな上司の色気にやられまいとそっと目線を外すと彼がすくりと笑う声が耳に響く。心なしかお互いの距離も近いような気がするのは私の錯覚だろうか。いや絶対近いよこれ。だって自分のすぐ横に災藤さんの顔があるもの。傍から見たら背後から災藤さんに抱きしめられているの図だよこれ。
イケメンの顔が至近距離にあるという事実に身を固めていれば、災藤さんは囁くように耳元で呟く。


「何かあったら私に言うといい。何時でも聞いてあげるからね。なんなら、私の執務室に来てくれても構わないよ」


そして始まる深夜のイケナイ事情。
そんなR指定の入りそうなタイトルが瞬時に脳内を駆け巡る。これが佐疫なんかだと深夜の優等生(R-18)となるのか、と脳内の私が狂喜乱舞するが今はそれどころではない。私はまるで壊れた人形のように首を縦に振って返事を返す。くそ、これが大人の魅力というものなのか。最後に軽く頭を撫でてから食堂を後にした災藤さんを見送りながらも、私は今度から災藤さんに用がある時は用心して行かないとと決意を固めた。


「なんか、災藤さん色気全開だったね〜。どうしたんだろう」
「知らん。まあ、そのカードがあれば買い物は出来るだろ。失くすなよ」
『……嗚呼分かった』


私は外套の中にカードを仕舞うと、再び残りのオムライスを胃の中へと入れていく。災藤さん独特の香りがまだ残っているのか時折鼻腔をくすぐり気恥ずかしくなった。駄目だ、今度会ったら顔が赤くなりそう。先程固めた決意が一瞬にして揺らいだ。
私だって女の子……と言っていいのか分からない齢だが……なのだ。いくら男のフリをしていようとも異性と至近距離で話せばドキドキするし、ほんの少し期待もしてしまうのは仕方がないことだと思う。まあ、だからといって恋仲になりたいという訳ではないけどね。王子の隣には王子、これ鉄則。ちなみに姫の隣も姫だ。

オムライスを完食して一息つくと今度はなにやら騒がしい声が聞こえてくる。ずるい、やら俺も、やら誰かと言い合っているのか如何せん片方の声が大き過ぎて独り言のように聞こえる。隣に座る谷裂が、また平腹が騒いでいるな、と青筋を立てているのでこの声は平腹のものなのだろう。そういえば穴掘りコンビとも言われる二人とはまだ話していなかったなー、と暢気なことを考えていると食堂の扉が開く音がした。


「あー!殺部ー!オレたちも一緒に買い物行ってもいいだろ!?な!?」
「平腹、まずは落ち着いて自己紹介をしたらどうだ」
「ほ?あ、オレ平腹なー!で、一緒に行っていいよな?な?」


ドーンと突撃して来たと思えば、そのままぶんぶんと揺さぶられる。しかも加減を知らないのか手加減なしに揺らされるので先程食べたものが再び口からこんにちは☆しそうだ。そんな失態はしたくない私は必死にリバースしないように口を手で押さえながらこくこくと頷いた。その返事に気を良くしたのか平腹はパッと手を離すとそのまま首に手を回してひっついてきた。


「面白いゲームとかあっから一緒にやろーなぁ!オレのおすすめはやっぱ、モンスター狩るゲームだな!」
『……そうか』
「田噛もたまにやってっから、三人で狩りしよーなぁ!」
『……田噛?』


にこにこと笑顔で話す平腹の一言が気になった私がそういうと、その会話を聞いていたらしい木舌がすっと平腹の背後を指さした。そちらを見ようと首を動かすと夕日のような橙色が目に映る。その目は不機嫌そうに細められていたが、私と目が合うと軽く目を見開き視線を彷徨わせまた恐る恐るというように目線を合わす。なんだか意外な反応に心ときめくが、それよりも挨拶をしなくては……。


『……綾部だ、宜しく頼む』
「……おう」
「なー、田噛も殺部と一緒にゲームしたいよなぁ」
「あ?あー……おお」
『……別にするのはいいが、操作方法は教えてくれよ』
「ほ!りょーかい!ってか任せろってやつ?」


頼もしい返事が返って来て私もそのノリにあやかり、任せたぞ隊長と言って見る。すると平腹は目を三日月のように細めると楽しそうに笑った。まあ某ハンターゲームと同じような内容なら得意なんだけどね。なんせ夜通しみんなでランクを解放するまで狩りに出掛けていたぐらいだ。確か最終的に丑三つ時までやってたか。
懐かしいなあと思い出に浸っていれば、いつの間にか佐疫も来ていたようだ。
そして気が付けばほぼ全員で出掛ける形となった私たちは街中へと繰り出したのだった。



 

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