clap story | ナノ



  第拾陸話


明るい光に私の意識がゆっくりと浮上する。私は何をしていたんだっけ……。確か、斬島と佐疫の三人でキリカさんの美味しいご飯を食べて、迷子になったところを木舌に助けてもらって、谷裂と手合わせをして……。
そこまで思い出した私は、その手合わせの最中に意識を失ったのを思い出しパッと目を開いた。やばい、怒られるかもしれない。
しかし、谷裂の怒声が響くことはなかった。その代わり、涙目でこちらを覗き込む木舌と目と目が合うという色んな意味でびっくりな状況に陥っていた。しかもがっちりと体を抱きかかえられているようでぴくりとも動かすことが出来ない。


『木舌……?』
「殺部……、その、おれ……」
『……何故木舌が私を抱きかかえているんだ?』


そう、それが一番聞きたい。あと出来れば私の心臓が悲鳴を上げる前に離してもらえると嬉しいのだが。
唯一動かせる首をこてんと横に傾けてそう聞けば木舌は泣きそうな笑みを浮かべたまま、覚えていないならそれでいいよ、と優しい声で言った。
その言葉に何かやらかしたかと逆に不安になるが、もしこれで目も当てられないほどのことをやらかしていたらと思いこの件についてはここまでにしようと決意した。黒歴史は無理に掘り起こさなくてもいいと思います!
それから目線だけを動かしてすぐ近くに座っていた谷裂に目を向ける。何故か記憶に残っている時よりもボロボロになっている彼を不思議に思ったが、それよりも先に途中で意識不明となったことを謝らなくてはと口を開いた。


『……すまない、途中から意識が無かった』
「……そうか。だがこれで分かったこともある。殺部、この先俺と非番が重なった日は俺が直々に鍛えてやる」


なるほど、やはり私が戦闘に関して全くの初心者だということが谷裂には分かったしまったらしい。確かに毎日鍛錬を怠らない谷裂に戦闘のいろはを教えてもらえば、元一般人の私でもそれなりに戦えるようになるだろう。別段断る意味もないだろうと思い、お願いします、と頭を少し動かすと彼は目線を逸らしたままぶっきらぼうに私の頭を撫でた。
なんだかツンデレなお兄ちゃんのデレを見たような気分だ。それが嬉しくてその暖かさに目を細めて身を委ねる。
そんな穏やかな空気が包み込む鍛錬場の扉が突然スパンっと開かれる。なんだと思い頑張って目を扉に向けるが、木舌に抱きかかえている状態では確認することが出来ず、すぐに諦めた。


「殺部、任務終わったよ〜!って、あれ?木舌ってばどうして殺部を抱きかかえてるの?」
「さ、佐疫……。その、色々あったっていうか……その構えている物を降ろしてほしいな〜」
「うん、木舌が殺部を降ろしたら俺も降ろしてあげてもいいよ!」


妙に明るい佐疫の声が聞こえるが、明るすぎて逆に怖い。どういう状況なのかを木舌に聞くために彼の制服をぐいぐいと引っ張れば、ガチャリと銃のスライドを引く音を耳が拾った。


木舌?
「違うよ!おれは悪くないよ!おれは悪くないよ!!」
「殺部、そこは危ない。こちらに来い」


呆れたような顔をした谷裂に木舌の腕の中から引っこ抜かれて私は谷裂の膝の上に収まる。自然に膝を抱えて座るかたちになったが、谷裂は重くないだろうか。ちらりと谷裂を見上げれば、なんだと言われてしまい首を横に振って前に向き直る。
目の前ではにっこりと笑みを貼り付けた佐疫がハンドガンを持ったまま木舌に迫っていた。それに対して木舌は先程とは違う意味で涙目になりながらおれは悪くない、と某主人公のように連呼している。知ってる知ってる、先生が言わなかったんだろう?

目前で繰り広げられる佐疫×木舌……げふん、珍しいカップリングを内心によによしながら眺める。嬉しさで若干ゆらゆらと体を前後に揺らしてしまうが、そんな私を怒ることなく谷裂は好きにさせてくれた。なんだか谷裂の私に対する対応が少し優しくなった気がするのは私の勘違いだろうか。


「佐疫とこれから何か用があるのか」
『……斬島と三人で私の家具を見に行くらしい。なんでも、私の部屋には家具が少なすぎるらしい』
「……欲しい物はあるのか?」
『……わからない。だが二人は楽しみにしていた』


まあ、出来ればネット通販とかできるものが欲しいなあ。
ぼんやりとそんなことを考えながら谷裂の問いに答えれば、彼は俺もついて行こうと言う。まさか彼から同行宣言をもらうとは思わなくてキョトンと谷裂の顔をみて目を丸める。それからふと私はずっと気になっていたことを聞いていなかったことを思い出した。


『……そういえば、買い物ってどうするんだ?』
「え?」
「は?」
「えぇ?」


その時のまるで珍獣でも見たかのような目をした三人を私は一生忘れないと心に誓った。
マジ絶許。



 

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