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  第拾伍話


*side谷裂


俺の振るった金棒は確実に殺部の不意を突いたと思った。しかし、それが殺部に当たる寸前に奴は今までの動きが嘘のように軽やかなステップで一撃を避けると、すぐさま反撃を仕掛けて来た。
ガウン、ガウンと奴の撃った弾丸が確実に急所を狙って放たれる。それを金棒で弾きながら次の攻撃のチャンスを窺っていれば、不意に太ももに鋭い痛みを感じる。弾丸が当たったかと思いその痛みの先を見るが、そこには傷一つない自身の足があるのみ。
そこで俺はハッと奴が扱う霊力弾の存在を思い出した。

なるほど、これは厄介だ。

思わずギロリと殺部を睨みつけるが、奴はそれに動じることも無く無表情で俺を見ていた。
その時にふと殺部の瞳に先程までの迷いや戸惑いの色が消えていることに気が付いた。いや、それだけではない。寧ろ感情という感情全てが消えうせたようにその瞳には何もなかった。ただ、目の前の景色が反射する硝子のような瞳。
その瞳に違和感を覚え、俺は殺部から放たれる弾丸を避けながらじっとその瞳を見つめた。琥珀のような薄茶の瞳を持つ殺部。しかし、奴の目が光に当たる瞬間俺は信じられないものを見たように目を大きく見開いた。

光を反射させたその一瞬、殺部の瞳はまるで血のように赤く染まったのだ。

俺が驚いた表情をしているのに気が付いたのか、殺部はにんまりと口角だけをあげて笑うと、目にも見えない速さで俺の懐に飛び込んで来で、蹴りを入れようと足を上げる。それを防ぐ為に俺は蹴りが入るであろう所に腕を構えるが、殺部はそれさえも計算の内だったのか一瞬空中で足を止めてそのまま蹴りの軌道を変えた。
まんまと騙された俺は防ぐことさえままならず、その蹴りを頭に食らう。ぐわんと視界がブレて俺の身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。その小さな体から繰り出されたとは思えない程重い一撃だった。


「っ谷裂!!」


木舌の叫ぶ声が聞こえるが、歪んだ視界ではどこに誰が居るのかがぼんやりと見えるだけで奴がどんな表情をしているのかは分からない。立ち上がろうと体を動かせば、それさえも許さぬというかのように殺部の撃った霊力弾が俺の肩や足を貫く。


「ぐっ、ぬぅ……」


その痛みに思わず声が漏れる。
やっと視界が開いたと思った時には既に殺部が目の前まで迫っていて、俺は動くことも出来ずに奴に顔を踏まれた。
何をする、と殺部を見ると再びあの鮮血のような赤い瞳が見えた。ただ目の前の敵を倒すことしか考えていないような氷のような眼差しに、再び違和感を覚える。
確かに初めて殺部を見た時から何を考えているのか分からない奴だとは思ったが、奴はここまで冷酷な顔をするような奴ではなかった。それに手合わせを始めた時もどこか思いつめたような表情をしていた。


「お前はっ……」


誰だ。その言葉を言う前に殺部は俺の腹に向かって銃弾を放った。
鋭い痛みが何度も俺を襲う。もうすぐで意識を失うかという所でこの手合わせを見ていた木舌が殺部を後ろから羽交い締めにして止めた。


「やめるんだ殺部!これ以上する必要はない!!」
『……何故?』


ぼそりと殺部が呟いた言葉に俺も木舌も動きを止める。


『……敵に容赦はいらない。負けてはならない。それを強要したのは貴様らだろう?』
「殺部……?なにを言って……」
『私は、勝たなくてはならない。それが私が存在する理由。我が主を救う最良の方法』
「なに……?」


男と女が混ざり合ったような低い声でそう言った殺部は狂喜に満ちたような笑みを浮かべた。その様子を見て俺は直感的にこいつは殺部ではないと確信する。
俺は痛む腹を抑えながらそいつを睨みつけた。


「貴様……何者だ。殺部ではないな」
『我が主のことを何も知らぬ貴様が何を言う……。嗚呼、貴様のような者が我が主の名を口にすることさえ煩わしい!』
「……ごめん、殺部」


殺部の体を乗っ取っているそいつが動くよりも早く、木舌が殺部の首の骨を折る。そいつは一瞬目を大きく見開くとやがて何かを諦めたような目を宙に向けて小さく吐き捨てた。


『……どうせ貴様らは我が主を理解することさえ叶わぬのだ』


力なく崩れ落ちた殺部を落とさぬように受け止めた木舌は顔を伏せたまま殺部を強く抱きしめる。その肩が震えているのを見て、俺は酷なことをさせてしまったと思った。
やがて傷も回復して来たようでじくじくとした痛みは残っているが動けるようになった体を起こし、木舌に声を掛けた。


「アレは何だ」
「……分からない。おれも殺部がああなったのは初めて見た。けど……」
「なんだ」
「もしかしたら、殺部が隔離されていたっていうことと何か関係があるかもしれない」
「なに……?」


俺は木舌に抱きかかえられている殺部に目を向ける。目を伏せたまま死んでいる殺部はまるで眠っているようにも見えた。
詳しいことを聞こうと木舌に迫れば、奴もそこまで詳しくは知らないようだが災藤さんに聞いたという内容を俺に話す。
その中であった実験台に、という言葉でふと俺は先程あいつが言っていた言葉を思い出す。


「勝ちと力を強要したのは俺達、か……」
「多分、それは上層部のことだと思う。今まで隔離されていたなら、接触できる相手なんてその辺だけだろうし」
「……分からんな。何故上はこの事を公言していないのかも、殺部の情報が全くないのかも、何もかも説明がつかん」
「手っ取り早いのは殺部自身が話してくれることだけど……」


先程手を掛けてしまったことを悔いているのか、木舌は泣きそうな顔で笑う。


「……嫌われちゃうかなあ」
「……知らん。だが、もしこの事を奴が覚えていないなら多少面倒を見てやらんことはない」


あの赤い瞳の怪物よりも、不気味な薄茶色の瞳を持つ殺部の方が何倍も好意が持てる。
そう思いながら、俺はどかりと木舌の前に腰を下ろした。



 

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