clap story | ナノ



  第拾肆話


キリカさん特製の美味しい朝食を終えた私は今現在谷裂との約束を果たす為に鍛錬場を探していた。言い替えるなら、鍛錬場に辿り着けずに迷子になっている。
ゲームの中では、管理室を出て左に行けばすぐ様廃校に行けていたが実際は玄関までかなり距離があった。
とりあえず落ち着いて某ハンター漫画の金髪美人なクラピカ先輩が言ってた左手の法則を使っていこう。きっといつかは辿りつけるはず……!
そう決意して再び歩き出した時不意に前方から誰かがやって来た。


「あれ?殺部じゃないか。こんな所で何をしているんだい?」
『……木舌か。いや、谷裂に手合わせをしたいから鍛錬場に来いと言われたから鍛錬場を目指して歩いている』
「あー……言いにくいんだけど、鍛錬場はこっちじゃなくて反対側だねぇ。良かったら案内しようか?」


そうか、反対側だったか。
苦笑を浮かべながらそう言ってくれた木舌に私は全力で甘えようと思う。こくりと頷いて返せば、木舌は自然な流れで私の手を取ると恋人同士のように指を絡めて「こっちだよ」と言い歩き出す。

成程、出来る男はこんなことも簡単にやってのけるんだな。


「やっぱり、前に殺部が居た場所とは全然違うかい?」
『……あまり部屋から出たことがないから、比べる対象が分からない(寧ろ日本の何と比べればいいんだ……)』
「……そっかぁ。じゃあ、また殺部がこうして迷子にならないように出来るだけおれが一緒についてる事にしようかな〜」
『……それは、助かるな』


こんなに広い館だと慣れるまでにあと何回かは迷子になりそうだ。
そう思い、木舌の言葉に賛同の意を唱えると彼はキョトンと目を丸くして私を見た。


『……なんだ、嘘なのか』
「えっ、いやっ、嘘じゃないよ!ただ、その……拒否されるかと思ってたから……」
『……困った時は頼れと言ったのはお前じゃないか』


じっと木舌の目を見たままそう言うと、木舌の顔がみるみる間に赤く染まっていく。そして耳まで赤くした木舌はだらし無く顔を緩ませて笑った。何やらぶつぶつと呟いているようだが、身長差も相まって何を言っているのかは聞き取れないが木舌が楽しそうならそれでいいか、と自己完結して私は放っておくことにした。


****************



「はい、ここが鍛錬場だよ〜」


ガラリと鍛錬場らしい場所の扉を開けて木舌はこちらに振り返りそう言った。
中を覗いてみると、谷裂が腕立て伏せをしている姿が見える。もしかしなくとも今までずっと一人で鍛錬をしていたのだろうことがありありと分かる。
木舌はそんな谷裂に近寄ると声を掛けた。


「谷裂〜、殺部を連れて来たよ」
「……随分と掛かったな」
「まあまあ、そう言わないであげてよ。彼、まだ特務室ここに慣れてないからさ〜」
『……すまない、道に迷っていた』


素直にごめんなさいと頭を下げれば、谷裂はそれ以上の追求はせず「ならば手合わせの準備をしろ」と言い壁に立て掛けていた金棒を握る。そしてその切っ先を私に向けた。
それに習い私も外套の中からハンドガンを2丁取り出した。それを握ると自然と先ほどまでの不安や緊張がスッと消える。扱った事など無いに等しいのに不思議とどう使えばいいのかが頭の中に浮かんで来る。なんとなく、身体も軽くなったような気がして何処からともなく絶対的な自信が湧いてきた。


「いくぞ殺部!」
『……ああ、来い』


ぐっと銃を持つ手に力を入れた。
谷裂がこちらに向かって走って来るところを狙って何発か発砲するが、それらが彼の動きを止めることはなく全て金棒で防がれる。流石は日々精進に励む男だ。
バックステップで再び距離を取ると、私は素早くマグナムへと持ち変える。
今度は普通の弾丸に霊力弾を混ぜ込んで撃つ。ほぼ無音で撃ち込める霊力弾ならばタイミングさえきちんと見計らえば必ず谷裂を止めることが出来るだろう。
だがその為には谷裂を殺すつもりでいかないといけない。

殺す、つもりで……。



「敵の前で考え事とは、余裕だなっ!」


谷裂のその声で私は素早くバレルの方に持ち変えて金棒を受け止める。
びりりと痺れるような衝撃に私は思わず眉をしかめた。


「貴様、何を迷っている!なぜ威嚇射撃しかしない!!舐めているのかっ!!」
『っ!』


重たい金棒を振り回しているとは信じがたいスピードで金棒を打ち込んでくる。
今の私にはそれを防ぐことで精いっぱいで、不意に衝撃を殺し損ねてマグナムを一丁落としてしまった。
その瞬間を当然谷裂は無駄にはしない。
ハッと顔を上げた先には既に金棒をこちらに振るい落そうとしている谷裂の姿。

……殺られる……。

そう確信した時、突然瞳の奥がチカチカと光るような感覚が私を襲った。
その光の中で誰かが私に笑いかけている。声は聞こえないが、何かを話しかけているようだ。
そしてその誰かがそっと私の眼を覆うように手を添えた時、私の意識はゆっくりと黒い闇の中へと沈んで行った。


 

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