clap story | ナノ



  第拾参話


食堂に入ると何やら美味しそうな匂いがして、私はそちらに顔を向けた。
それは食堂の先にある台所の中から漂って来るようだ。
確か原作では朝食、昼食、おやつをキリカさんが作ってくれるんだっけ。そんなことを考えていると不意に綺麗な女性が暖簾を押して出て来た。


「あら、斬島ちゃんに佐疫ちゃんおはよう。そちらは……?」
「キリカさん、おはようございます。こちらは昨日から特務室ここに配属された殺部です」
『……綾部です、よろしくお願いします』
「殺部ちゃんね!私はキリカ、ここでみんなのご飯を用意しているわ。でも夕方には帰っちゃうから、夕食だけはみんなに用意してもらっているの。これから宜しくね」


キリカさんは、私に向き合うようにしゅるしゅると移動すると優しく頭を撫でてくれる。その手つきがなんだか両親を連想させて、ホームシックになりそうだ。
ぐっとくるものを堪えて、私はその暖かな手を甘んじて受け入れる。
何度か私の頭を撫でたキリカさんは最後にポンポンと軽く叩くとそっと手を離した。そして「今からご飯の用意をするから、座って待ってて」と言うと、そのまま再び台所の中に消えて行った。


「さ、言われたように座って待っていようか」
『……ああ』


佐疫に手を引かれて私は席に移動する。特にそれを拒む理由もなかったので、用意された席にそのまま座れば目の前には既に朝食を食べている谷裂の姿。
そういえば、昨日は大食い大会から乱闘に発展した平腹と斬島をひたすら怒っていたから話すタイミングが無かったんだった。目が合ったのに無視をするのも感じが悪いのでぺこりと頭を下げる。


『……どうも』
「……殺部だな、俺は谷裂だ。貴様、今日は確か非番だったな」
『……ああ』
「丁度いい、俺と手合わせしろ。貴様の実力がどの程度なのか、知る必要があるからな」


冷たく見下ろす谷裂の目は、はいかイエスの言葉しか聞き入れないと語っている。
そうだったこの人強さイズベストを地で行くような人だった。表情をあまり動かさないように気をつけながらも、内心冷や汗が止まらない。無理、こんなごっつい人と一騎打ちなんて無理……それ私の死亡フラグ……。
無言で谷裂を見つめていれば、それを肯定ととらえたのか谷裂は「食事が終わり次第鍛錬場に来い」とだけ言い残し、その場を後にした。


「なんだか谷裂、嬉しそうだったね」
「殺部との手合わせが楽しみなのだろう。今度俺とも頼む」


楽しそうな二人の会話から出て来た言葉に思わず一時停止する。え、あの会話から谷裂が嬉しそうにしていたと二人は感じたのか。そして斬島、君まで私を殺したいということでいいのか、おい。私は返答に困って少しだけ俯いた。


「とにかく、まずは腹ごしらえをしないとね!」
「ふふ、佐疫ちゃんの言う通りよ。さ、おあがりなさい」


ドンっと私たちの前に料理の乗ったお盆を置くとキリカさんがウインクをしながらそう言った。ほかほかと湯気を立てるご飯と美味しそうな香りにお腹がぐうと鳴る。
そうだ、これからの悪夢は一先ず置いておいて今はこのご馳走を食すことだけを考えよう。
箸を持って、ついいつものように「いただきます」と言ってからご飯を食べ始めると左右から物凄く見つめられる。な、なんだと思いお吸い物を飲みながら二人を見れば、キョトンと目を丸くしてこちらを見ていた。


『……どうした?』
「いや……。その、いただきますって何?」
「何かの儀式か?」


真顔でそう聞いて来る二人に私は開いた口が塞がらなかった。そこでハッとあることを思い出した。
そういえば、いただきますっていう言葉は大体昭和時代から習慣化され始めたんだっけ。それよりも前の時代を生きていた彼等がこの言葉を知らなくても無理はない。そこで私は出来るだけ分かり易く説明しようと必死に記憶を辿りながら口を開く。


『……命を頂くことへの感謝を示す言葉だ』
「へぇ……。殺部は物知りなんだね!」
「ふむ、勉強になるな」


ごめん、間違ってても怒らないでね。
そう思いながら隣で私と同じように「いただきます」と言い直す二人を横目にキリカさんの手料理を頂くのだった。


 

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