clap story | ナノ



  第拾壱話


トリップしたその日の晩にまさかこんな歓迎会が開かれるなんて思ってもみなかったでござる。

もぐもぐと佐疫が持ってきてくれた料理を食べながら私は何処か落ち着けそうな場所がないかを探す。何故か近くで平腹と斬島が大食い対決なんてものを始めてしまったので、それに巻き込まれない内に逃げたいのが本音だ。

出来るだけ気配を消してそっとその場を抜けると、一人ぽつんと佇みながら料理を食べている人物に目がいった。悔しい程身長が高い獄卒達の中で唯一私よりもほんの少し小さな背の彼……そう、抹本だ。
……抹本とならゆっくりご飯が食べれるかな。
そう考えて私は抹本の肩をポンポンと軽く叩いた。


「ふ、ふぇ!?」
『あっ……すまない、驚かしたか?』
「えっ、あっ、ううん、大丈夫……。えっと、殺部……だよね?」
『あぁ、私は綾部だ。今日から宜しく頼む』
「俺は抹本だよ。特務室の救護班だからあんまり一緒に任務に就くことはないかも知れないけど、もし怪我をしたら何時でも頼ってね」


にこりと微笑んで「こちらこそ、宜しくね」と言ってくれる抹本を抱き締めたくなるが、何とかその衝動を抑える。
なんだこの子天使かよ。天使が地上に舞い降りたのかよ。あ、ここ地獄だったねてへぺろ。


「そういえば、佐疫達の方はいいの?」
『?別に彼等に用事はないぞ?』
「あ、いや、そうじゃなくて……」
『それに今は抹本と話したいからな』


思ったままを言葉にすると、抹本は「う、え、」と狼狽える。そんな所も可愛いね抹本。いいぞ抹本。
頬を赤らめて照れる抹本を内心不審者のようにによによしながら見つめていれば、彼は上目遣いがちにこちらを見た。


「お、俺なんかより佐疫や斬島の方が色々話せると思うよ……?」
『……彼等との会話は首が痛むんだ』


う、上目遣いの抹本可愛いいいい!!!
脳内でもう一人の私が狂喜乱舞しているが、私は必死に冷静を保ちながらも言い訳を口にする。流石に狼狽えている抹本が見たいから来ましたとは言えない。

でも実際彼等と私とは身長差があって首が痛むのは本当だ。肋角さんと話そうものなら真上を見上げなければならないのだから、私の首は悲鳴を上げる。定規1本分の身長差ってなんだよ。

まさかそんな回答が来るとは思っていなかったのか、抹本はポカンと目を丸める。そして、ふふふとはにかみながら笑った。
なんで笑われたのかは分からないが天使抹本が微笑んでくれるならいいや。
心の中に溜まったどす黒い何かが浄化されていくような気がして抹本がとても神々しいもののように見える。


「まさかそんな事を気にしているなんて思わなかったや」
『そうか?見下されているような気がして少しイラッとする時もある』
「そ、そんなに嫌なんだ……」


口に手を当てて笑う抹本の女子力の高さに感服である。
いやあ、掴みは上々かな。これを期に抹本と仲良くなれればと思っていたけれど、どうやらそれなりに仲良くなれた気がする。
そのことに満足しているとふと背後から別の人物に声を掛けられる。


「二人共楽しそうだね、おれも混ぜてよ」
「あ、木舌。……お酒は持ってないよね?」
「大丈夫、まだ飲んでないよ〜」


おお、目玉……じゃないや、誰かと思えば木舌じゃないか。
みんなもゲームで木舌が突然飛び出してきたあの場面は色んな意味で覚えていると思う。木舌が割った窓から斬島が入って鍵開ければ早かったんじゃないの?って思ったのは多分私だけだと思うけど。
にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべてやって来た木舌は私を見ると、わしわしと私の頭を撫でた。


「初めまして、おれは木舌。分からないこととかあったら、何でも聞いてよ!」
『……綾部だ。宜しく頼む』
「お酒が入ってる時は使い物にならないけど、普段は頼りがいがあるから何かあったら頼るといいよ」


さらっと酷いことを言う抹本だが、木舌はそれを怒ることはなくははは、と笑ったまま。
言われ慣れてるのかも知れないが、それなら真剣に禁酒を考えた方がいいのではないだろうか。

なにはともあれ、頼ってくれと言われたのだ。何かあれば木舌を頼ることにしようと心に誓い私は再び料理に箸をつけた。


 

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