clap story | ナノ



  第拾話


*side木舌

見慣れない小さな獄卒が食堂に入って来た瞬間におれ達は手にしていたクラッカーを鳴らす。
パァン!と軽い音と共に飛び出したカラフルな飾りに驚いた彼はびくりと体を震わせると生気の感じられない瞳を零れ落ちてしまうぐらいに大きく見開き固まった。
それでもやはり獄卒だからか、ちらりと見えた彼の手が間違いなく武器を掴んでいたのをおれは見逃さなかった。流石に歓迎のクラッカーで殺されるのは嫌かなあ。

それからすぐに彼は現状を把握したのか、すぐさま表情を消してしまう。驚いた顔が可愛かったから少し残念だ。そんな彼の前におれ達の父親のような存在であり管理長でもある肋角さんが立った。


「改めて、特務室にようこそ。ここでは皆仲間であり、家族のようなものだ。仲良くしてやってほしい」
『かぞく……』


身長差があるからか、ほぼ真上を見上げる殺部はボソリとそう呟くとその目をおれ達が作った弾幕に向けた。[特務室へようこそ殺部!]と書かれたそれにはおれ達からのコメントが至る所に書かれている。最初は文字だけだったのだが、誰かがコメントを書き始めて気が付いたら全員が何かしらの言葉を彼に残していたのだ。
喜んでくれたかな?と殺部の顔色を伺うが、彼は深く帽子を被ってしまい、彼が今どんな顔をしているのか分からない。


『あ、有難う、ございます……』


小さな声でお礼を言った彼の耳は真っ赤に染まっていて、おれはついついにやけてしまう。可愛い弟分だ。
そして、災藤さんの「では、殺部の歓迎会を始めようか」という一言でおれ達は漸く席についた。

今回は交流も兼ねて立食パーティーのように料理が采配されていて、おれは料理の入った皿を持ちながら今回の主役である殺部を探す。
漸く殺部を見つけた時、彼はどうやら抹本に話し掛けているようだった。
こちらからは抹本の顔しか見えないので、どんな話をしているのかは聞こえないが最初こそ強ばっていた抹本の表情が、二言三言と話すに連れて明るくなっていくのが目に見えて分かった。


「おや、どうやら抹本と打ち解けたみたいだね」
「!災藤さん」
「彼が特務室うちに来る事になった時はどうなることかと思ったが、どうやら私の気鬱になりそうだね」
「殺部に何かあるんですか?」


災藤さんの口振りからして殺部には何かしらの問題があるのかと思い、そう聞き返すと災藤さんは眉を顰めておれにだけ聞こえるぐらいの小さな声で教えてくれた。


「……殺部はつい最近まで隔離されていたんだ」
「えっ……」
「名目上は彼の扱う霊力弾が危険視されたとなっているのだが、実際はただ彼を実験体にしたかっただけらしい。上としては彼の持つ力を他の獄卒にも使えるようにしたかったみたいだけどね、どうもそれは困難だったようで……」


酷い話だよ、と呟くと災藤さんは目線を逸らした。その先には抹本と話しをする殺部の姿。
きっとその小さな背中にはおれが思う以上の過去を背負っているんだろう。


「やっと自由になった矢先、やはり上としては殺部の能力を買っているみたいで他よりも優遇していてね。それもあって彼はどんどん孤立していたよ。私も殺部が他の獄卒から虐めのような事をされている場面に遭遇したことがあってね」
「えっ……大丈夫だったんですか?」
「あぁ、殺部は大丈夫だったよ。何分彼には力があり過ぎるからね、私が止めに入る間もなく自らでそいつらを沈めていたよ」


いっそ清々しいぐらいにね、と髪をかきあげて災藤さんは笑った。笑っているけど、泣いている……そんな顔をしていた。


「きっとこれからも殺部は自分一人で物事を解決して行くだろう。でも私は彼には仲間を頼るということを教えてあげたい」
「……そう、ですね」
「何時か、彼が大きな壁に衝突することがあったら……。その時は木舌、君が助けてあげてくれないかい?」


災藤さんの言葉におれは大きく頷いた。
こんなにも壮絶な過去を聞いてしまっては放っておけないじゃないか。
そしておれはその小さくも立派な背中に声を掛けた。


他人を頼るということを知らない、純粋で真っ白な新しい弟分。
兄貴分であるおれが、しっかりと甘やかしてあげないとね。



 

[back]