clap story | ナノ



  第捌話


*斬島side

殺部について知ろうとすればするほど、彼の孤独を感じてどうしようもなく胸が痛んだ。
だが俺にはこの胸の痛みにつける名前が、分からない。


その日、殺部は夜になるまで自室から出て来ることは無かった。
開くことのない扉が俺達と殺部との心の距離のような気がして、その扉が分厚くそびえ立つ大きな壁に見えた。

食堂では他のみんなが彼の歓迎会をする為に忙しそうに動いている。
所謂サプライズパーティーというものだ。
そして俺は佐疫と共に彼を食堂まで連れて行く案内係の任務を全うしようとしている。


「歓迎会、喜んでくれるといいね」
「そうだな。これを期にもっと殺部のことを知れればと思う」
「そうだね。その為にも、木舌に酔い潰されないようにしないと……」


酒にあまり強くない佐疫はぐっと拳を握って決意を固める。俺もそこまで強くはないので、出来るだけ飲まされないようにしないといけないな。
二人で何気ない会話を交わしている間に、気が付けば俺達は殺部の部屋の前までやって来ていた。相変わらず彼の部屋からは物音一つ聞こえてこない。
それがまるで彼がこの世界に存在していない、というような感覚にさせてどうにも嫌な気分になる。
どうしようもなく彼の顔が見たくなり、俺は目の前の扉を叩いた。

少しの間を空けてから、ごそごそと人の動く音と衣擦れの音がする。廊下が静かだからかやけにその音が鮮明に聞こえる。

中で殺部が着替えでもしているのかも知れない。

ふとそう思い、何故かそれがとても濫りがわしいもののように感じて俺はそっと扉から目線を逸らした。別段如何わしいことでもないのに、想像すると鼓動が早まる。
俺は一体どうしてしまったんだ。
わけのわからない現象に戸惑っていれば、不意に扉が開いた。
私服に着替えた殺部がほんの少し開けられた隙間から静かに顔を出す。
彼の雰囲気に似た、シンプルで落ち着いた色合いの私服姿にドクリと心臓が高鳴った。


『……どうかしたのか?』


先程まで寝ていたのか少し掠れたアルトボイスで殺部が尋ねる。
それが妙に色めかしく聞こえて、ごくりと生唾を飲み込んだ。その瞬間、隣に立つ佐疫の方からごつりとした固いものを外套の中から当てられる。
ハッとして佐疫を見ると彼はにこにこと笑顔を浮かべているが、その目はツンドラ地帯のように冷え切っていた。
妙なマネしたら問答無用で撃ち殺す。
そう、その目は語っていた。
佐疫、その目は一応親友である者に向けるような目ではないぞ。


「その……飯が出来たから呼びに来た、ぞ」
『……すまない、此処は夕食の時間が決まっていたんだな。今度からは気を付ける』
「ううん、決まっている訳じゃないんだけど……。とりあえず、一緒に食堂に行こう!」


きらきらと溢れんばかりの笑みを浮かべて佐疫が殺部の手を引く。
さり気なく指を絡めるようにして手を握っているのを見て抜かりないな、と思う反面何故だか心にもやもやとした感覚が残る。
そっと胸に手を当ててみるが、その感覚が何なのかは分からない。

ふと、佐疫に引かれて前を歩いていた殺部が此方を振り返る。
そしてスッと俺に向けて空いている側の手を差し出した。


『……斬島も、行こう』


目を細めながら彼は俺に言った。
心の中のもやもやとした感覚が、霧が晴れたように分散していく。
俺は彼にそう言ってもらえて嬉しい、のかもしれない。
急いでその手を取って彼の隣に並ぶ。
傍から見れば、大の大人が三人仲良く手を繋いで歩く姿は滑稽なものだろう。
しかし、今の俺はそんな事さえ気にならないほど、幸せで満ちていた。

彼を身近に感じられる今この瞬間が、とてつもなく俺を幸福にしてくれる。



 

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