遇、逢、相、合

日吉若

天気予報士が言った通り、夕方は雨だった。
梅雨とはいえ、こうも降り続くとさすがに気が滅入る。
朝の星座占いでは射手座は第2位。勉強運は「○」だった。
だからっていいことが起きたかといえば、別に何も。いつも通りの1日だった。
部活はオフ。委員会活動を終わらせて下駄箱へと向かうと、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「苗字先輩、そんなとこ突っ立ってたら風邪引きますよ。何してるんですか」

空をぼーっと見上げながら、昇降口に立っていたのは苗字先輩。
声をかけると、先輩はびくっと肩を弾ませ、目を丸くしてこちらを振り返った。

「な、なんでもない」
「なら、さっさと帰ればいいじゃないですか」

俺がそう言うと、口をきゅっと閉じて俯いてしまった。
先輩が帰らない理由はだいたい予想はつくが、先輩の反応が面白くてついからかってしまう。

「……傘忘れちゃって……」

しばらくの沈黙の後、苗字先輩が小さい声で唸るように呟いた。

「はぁ……朝の天気予報見てないんですか?」
「き、今日はたまたま見そびれたの!」

困っている苗字先輩には申し訳ないが、俺としては忘れてもらって正直良かった、と思った。
俺は傘を持っていて、先輩は持っていない。
そして俺は、苗字先輩に好意を抱いている。
ということは、せっかく訪れたこのチャンスを利用しないわけにはいかない。

「……仕方ないですね。先輩、家どこですか?」
「え?」

傘を広げ、先輩が入れるよう左側にスペースを作る。
先輩はその光景を訳が分からないという顔でぽかんと見つめていた。

「送りますよ、って言ってるんですが」
「え、日吉が?何で?」
「別に嫌ならいいですよ、それじゃ」
「待って待って!入る!入るから!」

先輩が後ろから小走りで駆けてきて、俺の傘に入った。
瞬間、自分のものではない柔軟剤の香りが鼻を掠めて、胸が高鳴った。

「……じゃあ、帰りましょうか」

正直相合傘なんて、大したことないと思っていた。
少女漫画みたいな、あんな甘ったるい展開なんて非現実的、くだらないとさえ思っていた。
でも実際、これは、かなり……………心臓に悪い。
何か話さなければと思ったが、今にも上がってしまいそうな口角を抑えるので精一杯だった。

「ね……日吉、まさか私になにか奢らせる気だったり……?」
「……何でそうなるんですか」

しばらく黙って歩いていた俺を、苗字先輩が疑惑の目で見る。

どこまで鈍感なんだこの人は。いや、俺の日頃の行いか。
じゃあ、もっと分かりやすくアプローチしてやろうじゃないか。

「別に、裏はありませんよ。苗字先輩が困ってたから、それだけです」
「本当かなあ…」
「本当です。それより先輩、もう少しこっちに寄らないと肩が濡れますよ」

ぐいっと苗字先輩の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。
心臓が壊れるんじゃないかというほど打って、クラクラと目眩がするが、バレないように冷静な表情を取り繕う。
先輩に触れている左手がじわじわと熱を持ち、今にも溶けてしまいそうだ。

どうだ、さすがに俺を意識するだろう。
しかし先輩のリアクションを待てど、返答がない。
サアと血の気が引く感覚を覚えつつ先輩の顔を見ると、青ざめた俺とは真逆の顔。

「……あ、ありがと、ひよし」

天気予報士が言った通り、夕方は雨だった。
この時間が続くなら、明日も明後日も雨でいい。
朝の星座占いでは射手座は第2位。恋愛運は「◎」だった。


END
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