素敵にキッス
忍足謙也

昼食もそこそこに机の上に置かれた黄色いパッケージを破り、美味しそうにチョコレートを頬張る夢野に、幼馴染の忍足謙也は怪訝そうな表情を浮かべていた。

「なぁ、自分、そないなゲテモノどこで買うてきたんや」
「コンビニ。てか、ゲテモノとか失礼やな?……これがな、意外といけんねん」

忍足の口からは溜息にも似た吐息が漏れる。それもそのはず、彼女が口に入れて笑みを浮かべているチョコレートは〈コーンポタージュ味〉という表記がデカデカと目を引くパッケージに入っているものだった。一般的な感覚でコンポタージュとチョコレートという組み合わせを美味しいとは思えない忍足の方が今回は多数派だろう。
しかし、そんなに可愛らしい笑顔で二つ、三つと封を開ける姿を見てしまうと味が気になって仕方ない。いつもなら一つ貰うところだが、フレーバーがフレーバーなだけに手が出ない忍足はとりあえず食レポを頼むことにした。

「ほんで、どんな味やねん、それ」
「せやなぁ……一言で言うなら謙也みたいな味やな」
「は?俺!?どういうこっちゃ……」

突如彼女の口から飛び出してきた自分の名前に素っ頓狂な声を上げながら大袈裟に身体を揺らした忍足はあからさまな動揺を隠そうと頬杖をついた。それを見つめる夢野は真剣な表情を崩すことなくコソコソ話をするように口元へ手を寄せる。

「口ん中をな、颯爽とコンポタが駆け巡るねん」

それも、すんごいスピードで!と話す彼女はなんだか楽しそうで忍足はなんだか拍子抜けしてガクッという効果音が聞こえてきそうなほど掌から顎を滑り落とさせた。

「でも、チョコレートやねんな?」
「せやで?」
「もっと、こう、詳しい食レポしてくれへんか?」
「んーとな、うっわ、めっちゃ甘いコーン……ポタージュ……?え、コーンポタージュやんな……?いや?チョコなんか!?お前チョコやったわ!うん!!チョコレートや!!……みたいな味やで」
「全ッ然わからへんわ!」

夢野の抽象的な内容を聞いて思わずツッコミを入れてしまうのは大阪人の血が騒ぐからだろうか。嬉々としてツッコミを入れる忍足に夢野は気にせず食レポを続けた。

「普通に美味いで?コンポタとチョコがええ感じにフュージョンしてお口の中でハーモニー奏でとるわ」
「……コンポタとチョコがマリアージュできるとは到底思えへんけどな?」

相変わらず平行線な会話に頭を抱えた忍足に夢野は拗ねたような素振りで開けたばかりのチョコレートを彼の口元へ持っていく。

「そう言わんと、一個食べてみればええやん」
「いらんわ!お前の味覚信用してへんし!」

所謂あーん、の姿勢に忍足は顔を真っ赤にしながら声を荒らげて拒否を示した。それが面白くないのはもちろんチョコを差し出している夢野。分かりやすく眉間に皺を寄せると売り言葉に買い言葉で喧嘩が始まってしまう。

「はぁ?冗談はアンタの私服センスだけにしといてくれへん!?」
「なんやて!?」
「もぅ、うっさいわ!大人しく食べーや!!」
「むぐっ!?」

先程まで差し出していたチョコレートを自ら口に咥えると、そのまま忍足の胸ぐらを掴んで椅子から無理やり立ち上がらせ、口付けと呼ぶには余りに荒々しい唇の重なりからチョコレートを口内へと突っ込んだ。

昼休みの賑やかだった教室が一気に静まり返る。視線を一身に受けるのはもちろん、教室の真ん中で堂々とキスをしている二人だ。

その視線と彼女の唇の柔らかさ、そして口の中を犯すコンポタージュの風味で忍足の思考回路はショート寸前、寧ろ脳内がパニックでフリーズを決め込んでいた。

チョコレートが体温で溶け始める頃、ようやく状況を理解した忍足は茹でダコのようになりながら慌てて夢野と距離をとる。目の前の夢野は照れる素振りもなく、なんだか得意げだった。

「な、ななな何すんねん!?ふ、ファーストキッスやねんぞ!?」
「そんなんうちもや。てか、キスの間にちぃさい"ッ"入れんな!きっしょいわ!」
「はぁ!?」

突如始まる言い争いにチョコのような甘ったるい空気などあるはずもなく、一部始終を見ていた白石蔵ノ介が慌てて二人の間に割って入った。

「自分ら何しとるん」
「コンポタチョコの布教」
「布教でキッスするんか!?」

白石の心配は何処吹く風で冷静に意味不明な事を口走る夢野と騒ぐ忍足とで、いつもの光景が繰り広げられる。呆れた白石は微かに溜め息を零して独り言のような声で呟いた。

「……夫婦漫才かと思ったわ」
「め、めめめ!?」
「ほな、やめさせてもらうわ」

掌をゆるりと上げて廊下に出ていく彼女に忍足はぽかんと口を開けてその背中を見つめてしまう。一度教室から出た夢野は思い出したかのように扉から顔を出すと、花が綻ぶような笑みを浮かべた。

「言い忘れたけどな、三十分くらいコンポタ口ん中おるから。水飲んでもそよ風のように胸のワンルーム住みつくさかい気ぃつけや」

ほな、と再び消えていった彼女を確認すると忍足は自分の席に崩れ落ちるように腰掛けた。先程まで夢野が座っていた席には哀れみの目を向ける白石がちゃっかり座っている。

「ほんま、じゃじゃ馬やな、夢野さんは」
「胸のワンルーム住みついとんのはあいつや、ボケ……」

頭を抱える忍足も、堂々と教室の中心でキスをした夢野も、傍から見れば両思いなのは明々白々なのに、どうにも空回りしている様は白石から見ててエンタメでしかない。

「ほんで、コンポタ味のチョコどないやった?」
「コンポタ駆け巡った後にチョコレートこんにちはしてきたと思ったら潔く消えて今はコンポタしかおらん」
「すまん、全然わからへんわ」

暫く机に頭を突っ伏していた忍足は顔を上げると早口で感想を述べたが、それを食してない白石は頭に疑問符を浮かべることしか出来ない。

「……俺ファーストキスの味コンポタやねんけど」
「レモンちゃうかったんか。お疲れやな」

少しの沈黙の後、溜め息混じりに愚痴を零す忍足と今頃金色に相談しているであろう夢野に白石は心の中で合掌をする他なかった。


***



「小春ちゃーん……!あかん、うち、やらかしてもーた……」

所変わって八組の教室では金色に泣きつく夢野と、それを見て嫉妬心を燃やす一氏という異様な光景が繰り広げられていた。

「奈々子ちゃん、大胆や〜ん!!これであのにぶちんも意識してくれたんとちゃう?」

久しぶりの恋話に拳を胸のところで握り、くねくねと身体を動かす金色はえらく上機嫌に見える。

「せやったら、儲かりもんやねんけど……ッ!嫌われてもうたらどないしよ……!!」
「夢野、小春から離ぇ!!」

そんな金色と対照的に、涙を浮かべて大騒ぎしている夢野と、それを睨みつける一氏は傍から見ると温度差でグッピーが死んでしまいそうな状況だ。

「ユウくんは少し黙っとって!乙女の涙が見えへんの!?」
「ぅ、小春〜〜っ……」

少し厳しい口調で一氏に喝を入れると、一氏は大人しく金色の横に座り直す。それを見た夢野は恨めしそうに二人を見つめた。

「二人はラブラブやからええよな……うち、謙也とラブラブになんかなれへんわ……」
「当然やろ!俺ら相思相愛やからな!てかな、そんなウジウジするくらいならはよ告白してくればええやろ!ドアホ!」
「それが出来たら苦労してへんわ!!ボケ!!!」

ラブラブという言葉に反応したのはもちろん一氏で、誇らしげに胸を張ると、心配していた素振りを垣間見せるが、上手く夢野には伝わらない。

「はいはい、二人ともその辺にしとかんともうすぐ予鈴なるで?」
「あ、あかん……教室戻りとない……」
「大丈夫やさかい、背筋伸ばして笑顔で戻り!あ、泣いた分、お化粧直してから戻るんやで?」
「うぅ……」

渋々トイレを経由して教室に戻れば、明らかに不自然な距離感 の忍足と目が合った。気まずさを振り払い、キスまでしたのに今更告白如きに怖気付いてどうする、と自分の中で鼓舞しながら笑顔を向ける。少し、呼吸を深く吸い込み、吐くと同時に決意をした。

「うちな、アンタのこと好きやねん。せやから__」
「「付き合うてください」」

夢野と忍足の声が重なれば、夢野は驚いたように目をまん丸にして声の主を瞳に宿した。

「あほ、やられっぱなしは性にあわんっちゅー話や」

授業の予鈴と共に教室から祝福をするように拍手が鳴り響く。完全に二人きりの世界から現実に引き戻された忍足は顔を真っ赤にして咳払いをすると、大人しく席に着いた。夢野も照れくさい気持ちのまま、席についてルーズリーフを小さく破り、後ろの忍足へと投げつける。
開いた紙には可愛らしい丸文字で一言、メッセージが書かれていた。

"放課後一緒にコンポタチョコ買いに行こな"

「いや、なんでやねんッ!!」


END
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