俺がこれから幸せになるためにお前といたい。 / 跡部景吾



このお話は10/19に更新した 私は今、幸せなので関わらないでください。の続編になります。まだ読んでない方はお先にそちらから読むことを推奨します。



「嫌だ!帰る!」

目的の店に到着してからはずっとこの調子だ。
一流のスタイリストに頼んで彼女に似合うドレスを見繕ってもらい、一流のヘアメイクを施してやろうとすれば彼女は制服を翻して俺の横をすり抜けようとした。もちろん俺はそれを許さない。腕を引いて元の位置に戻せば淑女とは思えないふてくされた表情を俺に向ける。そんな顔をしたって逃さねぇよ。

着飾ることに対してこんなにも嫌がる女を見たことがない俺はどうしたものかと頭を抱える。
まぁ、こいつが規格外なのは今に始まったことじゃねぇがな。

「駄々っ子かお前は。親御さんから帰ってくるのは明日の朝でも構わねぇってメールが来てたぞ。諦めろ」
「嘘でしょ!?」
「信じられないなら見るか?」
「見ない……」

頭を垂れて少し大人しくなる彼女に若干哀れみを覚える。しかし、こいつには悪いが、昔から親御さんは俺の味方だ。
普通の女は俺に見染められれば頬を薔薇色に淡く染め上げ、背景に花が舞うだろうにこいつときたらそんな素振りを一切見せない。それどころか、拒絶しやがる。
それにしてもおかしい。出会ったときはここまであからさまじゃなかったはずだ。

「ほら、早くここに座れ。俺様好みの女にしてやるよ」
「え、頼んでないし絶対に嫌」
「強情な女は嫌いじゃねぇ」
「……その好意はどこから来るの?」
「いいから、来い」
「…………着飾れば、満足してくれる?」
「……着飾ってから食事をすれば帰っていい」
「じゃあ、もう駄々こねないし、跡部くんの言う通りにするから金輪際関わらないで」

俺の返事を待つことなく彼女は縁にライトがついた大きな鏡の前に大人しく座るとスタイリストの手を受け入れた。
金輪際関わらないで、俺にそんなことを言う人間は初めてだ。重たく伸し掛かる彼女の拒絶を表す言葉に、俺は無言のまま部屋を後にした。

しばらくして、先程のスタイリストから声がかかる。あれから脳に渦巻いていた彼女の言葉を飲み込んで、俺は再びあいつの元へと向かう。

大きな両開きの扉をゆっくりと開けば、俺が恋をした少女が、より一層美しく成長した姿でそこにいた。視界が彼女を捉えた瞬間、初めて会ったあの日のように心臓が血液をいつもより早く体内に送り出す。鼓動がうるさい。頬が熱い。ああ、俺はこいつが好きだ。

「最高じゃねーの……思わず見惚れちまった、奈々子。綺麗だ」
「馬子にも衣装の間違いでしょ?」
「そんなことねぇ。お前は俺様が見染めた女だぞ?自信を持て」
「……余計なお世話」

アイスブルーのシフォン素材を優雅に着こなし、黒髪は上品に後ろで纏められている。ほんのりと施された化粧が彼女のもともとの端正な顔立ちをより一層際立たせており、まるで美術品のようだと思った。

放課後の廊下と同じように手を差し伸べれば今度は何故か素直に掌を重ねてくれる。こんな風に手を重ねられると思ってなかった俺は一瞬動揺するが平然を装って彼女をリムジンへと誘導する。

リムジンに乗り込むまで、彼女の小さな掌は俺と共にあった。直に触れ合う手は柔らかく、そこだけ異様に熱を帯びているような気がするほど、触れた掌は熱い。

車内に流れる高貴なクラシックが俺たちの沈黙をかき消してくれれば、目的の料亭へは幾ばくもなく到着した。 

「へぇ、意外。こんなワンピース着せられるからフレンチかイタリアンだと思ってた」
「硬っ苦しいレストランは嫌いだって昔言ってただろ。ここは個室だから人の目もマナーも気にしなくていい」
「……覚えててくれたの?」
「ついでに言えば、ここはお前が好きだって言っていただし巻きもうまい」
「ふふっ、そんなことまで覚えてるの?」

口元に手を当てて花が綻んだように微笑む彼女に、胸が締め付けられる。こんな笑顔ひとつで絆される俺は自分で思っているより単純なのかもしれない。

「奈々子、やっと笑ったな」
「ぇ、あ……」

彼女が俺に微笑みかけたという事実が嬉しくて、口を滑らせれば、再び元の仏頂面に戻ってしまう。眉間に人差し指をもっていき、軽く小突けば彼女のビー玉のような瞳にいくつか星が瞬いた。

「やっぱりお前は笑っている方がいい」
「私だって普通に笑うし……」
「ああ、そうだな。今日はお前の都合も考えずに悪かった」
「え、跡部くんでも謝ったりするの?」
「俺様をなんだと思ってんだ」
「跡部景吾様」
「ふ、そりゃあいい」

それよりお腹空いちゃった、と笑う彼女を個室へとエスコートをして俺が日本に来てからの空白の時間を埋めるように懐かしい思い出から近況に至るまで会話を楽しんだ。

彼女の家まで送る途中で高台にある公園へと車を停めさせる。わけもわからず俺についてくる彼女にはもう不安の色はなかった。
ほのかに揺れる都会のネオンを二人きりの公園で上から見渡せばこの世界に俺たち二人だけになったような錯覚さえ起こす。

「奈々子」

真剣な顔で愛おしい名前を呼べば、俺に対してすっかり敵意のなくなった彼女はゆっくりとこちらに体ごと顔を向ける。

「どうしたの、跡部くん」
「奈々子、お前にずっと言いたかったことがある」
「……なに?」
「俺と結婚しろ。後悔はさせない」

風の音だけが二人の間を通り抜ける。しばらくして、彼女は今日一番の笑顔で俺にこう告げた。

「やだ!」
「俺様からのプロポーズだぞ?正気か?」
「そういうとこ!そういうとこが嫌なの!それに、私たちまだ中学生だし。結婚とか現実味ないから」
「……」

俺は言葉を失って必死に思考を巡らせる。金輪際関わるなと言われた時点でこうなることは充分想定できたのも事実だが、それを認めたくない俺は結局自分の気持ちを告げると決めた。その結果がこれなら世話ねぇな。ま、奈々子を諦めるつもりなんて毛頭ないが。

「でも、でもね……」

相変わらず無言の俺の耳に彼女のか細い声が届く。視線を彼女と交じらせると彼女は頬を赤く染めて少し拗ねたような表情に変わる。

「気が変わったから、金輪際関わらないでっていうのは、なしにしてあげる」
「ほう、まぁもともと俺は同意してねぇけどな」
「もう!大体なんで私なの、跡部くんなら私より美人で愛想のいい人なんていくらでも寄ってくるでしょう?」
「そうかもしれねぇな」
「じゃあ……」
「俺がこれから幸せになるためにお前といたい。それじゃだめか?」
「素直だけど横暴」
「はっ、そのうち俺様のことを好きで好きでたまらなくしてやるよ」
「……そのうち、ねぇ」
「アーン?」
「なんでもない!帰る!」

シフォン素材のワンピースが闇夜に揺れる。俺は彼女の後を追うようにゆっくりと歩みを進めた。




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