後編 

恋なんて、俺には無縁だと思っていた。

部活の時にしか会う機会なんて滅多にない彼女に何故惹かれたのかいつからこんな気持ちになってしまったのかはもう思い出せない。

でも、自覚した気持ちに名前を付けてしまえば耳はどんな喧騒でも彼女の声を拾い、目は無意識に彼女を見つけ、頭は彼女でいっぱいになる。

俺はひとつ上の先輩であり、同じ部活のマネージャーである彼女に恋をした。

恋というものは思っていたよりも厄介で、残酷だ。
目で追えば追うほど、彼女の些細な変化に気づいてしまう。彼女の好きな人を知ってしまうまでそんなに時間はかからなかった。

俺と話す時とは違う頬を染めて可愛らしく笑う彼女と、触れれば手が届く距離にいるのにそれを望まない部長に何とも言えない黒い感情が渦をまく。部長のことを尊敬してるからこそ、何度もこの感情を捨てようと思った。でも、そんなこと出来るはずがなかった。

いつか聞いた事がある。めったに恋バナなんてしない部長が告白をされた時は「テニスに集中したい」と断りを入れれば大抵の女子は諦めてくれる、と。俺も部長ほどではないが告白をされることが増えてきた時の話だったため興味はなかったが素直に聞いていた。

しかし、その助言は後から残酷なものだと知ることになる。部長は誰が相手でも関係ない。全員に同じ言葉を用意して端から相手の気持ちなんてまるで考えてないのだ。

その話をまさか想いを寄せる人から聞くことになるとは思わなかった俺は彼女から聞いた時にひどく動揺した。と、同時に安堵した。

今しか、好機はない。そう思った俺は子供のように泣きじゃくる彼女を慰めるというチープな名目で心の隙間に入り込んだ。

最低な俺は彼女が俺に対して後輩以上の感情がないのを知ってて、キスをした。そして、身体を重ねた。それも、一度や二度じゃない。身体が繋がれば満足出来ると思ってたのに恋人のような甘いキスをしても何度目かわからない情事を重ねても互いに欲をぶつけ合うだけの虚しい行為に感じた。

彼女に俺だけを見て欲しい。

情事を重ねる度に自分から始めた不毛な関係へのピリオドを打ちたい気持ちと、この関係が崩れてしまうことへの不安に苛まれる。
それでも思春期の俺は結局目の前の快楽を優先して関係を崩せずにいた。

すぐに終わると思っていたこの関係が長引けば長引くほど、そのうち部長のことを忘れてこの関係がいつかホンモノになるんじゃないかと期待してしまう。しかし、そんな甘い期待をしていつの間にか半年を過ぎようとしていた。



暗闇の中で浮かび上がる白い身躯はいつも俺を興奮させる。今日も俺の下で喘ぐ彼女は歳不相応に妖艶な、女の顔つきをしていた。
一分一秒でも長く、彼女を感じたい。そんな風に思って覆いかぶさり、欲に塗れて腰を振る自分が酷く滑稽に映るが、今は行為に集中することにした。

「んんっ、財前っ!も、無理……っ!」
「はぁ、先輩ん中ヤバイっすわ……俺もそろそろ……」

綺麗な顔を歪めて快楽に溺れる彼女を知っているのはきっとこの世界で俺だけだ。その優越感だけで興奮を煽るには充分なのに俺の肉棒を受け止めている彼女の体内は彼女の意思と反して俺を強く求める。瞳が潤み、鼻にかかったような甘い吐息が大きくなれば彼女が達するのはもうすぐそこだ。

「っ!!!!」

ひときわ大きく身体を跳ねさせ、足までぴくぴくと痙攣するれば、彼女のナカもより一層俺を求めた。搾り取られるような感覚に思わずいつもより早く吐精してしまった。

「!!ぅぁ……まだ出すつもりなかったんに……」

欲を吐き出した快感とまだ繋がっていたかった名残惜しさを0.02ミリの中に残して俺は自身を引き抜いた。いつもの様にゴムを適当なところで縛ってティッシュで包んで捨てれば、射精後特有の気だるさが俺を襲う。脱ぎ捨てられた下着を再び履いて、彼女を見れば先程までの情事がなかったかのようにスマホに夢中だった。彼女の淡白な態度はいつもの事なのだが、今日は少し違った。

「なぁ、財前。明日の部活休みやって」
「そっすか」
「明日の放課後もうち来るやろ?」
「部活ないならしゃーないっすわ」
「とか言うて、私と遊びたいくせに素直やないなぁ」
「先輩こそ、俺とヤりたいくせに素直やないっすわ」
「ヤりたいのはそっちやろ、あほー」
「まぁ、否定はせんっす」

部活の休みの連絡はきっとテニス部のグループトークだろう。それでも、彼女の頭の中にいるであろう部長の存在を今は思い出したくなかった。少し苛立って気を紛らわせられるものを探そうと彼女の部屋を見渡すと、突然後ろから抱き締められた。

「財前、ちゅーして」
「えらい甘えたやないですか」
「うっさいわ」

苛立ちを埋めるように何度も角度を変えて唇を啄む。甘えてくる彼女に幸福感が高まり、普段は言わないことをつい口にしてしまう。

「夕希先輩、好き……っす」
「ぇ、急にどないしたん……?」

俺の絞り出すような告白に目の前の双眼が動揺の色を濃く写した。これ以上何も言えない俺から彼女は視線を逸らすと床に脱ぎ散らかしていた服を拾い集めて袖を通した。俺はただただ、無言でその光景を見つめることしかできなかった。

「財前、この関係……もう、潮時やんな」
「は?」

突然告げられた終わりの言葉に耳を疑う。自分の告白で崩れるほど危ういこの関係は半年という期間では何も爪痕を残せなかったのだろうか。

「私な、まだ……白石のことが好きやねん……」
「知っとります……ずっと、見とったし……」
「ごめんな、財前の優しさにつけ込んで……だらだらこんな関係続けてもうて……最低やわ」
「何言うてるんですか!!俺が始めた事やないっすか!!」

最低なのは俺の方だ。でも、自嘲気味に笑う彼女に俺の声はまるで届いてないようだった。

「……今更かもしれんけど、白石のこと好きなまま財前の気持ち踏み躙って不誠実なことするの嫌やねん」
「…………」
「やからな、今からでも遅ないから、普通の先輩と後輩に__」

その先を聞きたくなかった俺は彼女の唇を俺の唇で塞いだ。抵抗をする彼女にお構い無しで舌を滑り込ませる。いつものように歯列の裏をなぞって彼女とのキスを堪能した後、ゆっくりと離れた。
彼女は頬を上気させて、いつものように肩で息をしている。

「な、なにすんの……今大事な話」
「先輩は俺の事嫌いっすか」
「はぁ?……嫌いやったらこんなにキスとか、それ以上とか、しとらんわ……」
「じゃあもうええやないっすか」
「何が……」
「不誠実なんはお互い様っちゅーことっすわ」
「だから言ってる意味が……」
「先輩は俺の優しさを利用したって言ったっすけど、俺は先輩がフラれたことを利用したんすわ。だから恨みっこなしっす」
「でも、財前……」
「話は最後まで聞いてください」
「う、うん……」
「俺は先輩が好きや。部長より絶対幸せにしたる。俺にしとけばええねん」
「男前すぎるやろ……なんやその告白……」
「茶化さんといてください」
「ごめんて。でも、私まだ白石のことが……」
「何回も何回も同じ事言うて……アホなんすか。俺と付き合えば、部長のこと考える暇も与えんくらい好きにさせたりますからはよ俺と付き合ってください」
「ぇー……」
「返事は?」
「は、はい……」

半ば強引に啖呵を切れば彼女は大人しく頷いた。自分でも普段絶対口に出せないようなクサイセリフのオンパレードに時間差で羞恥心が募る。恥ずかしさから顔に集まる熱を見られまいと彼女の腕を引いて抱き締めた。

「……財前」
「なんすか」
「誤解されたら嫌やからちゃんと言っとくけどな」
「はい」
「財前のことは、その……ちゃんと好きやからな?」

思いもよらない彼女からの言葉に俺は驚いて身体を離した。視線がぶつかるとみるみるうちに赤くなる表情はまるで部長に向けていたそれだ。なんや、脈あったんすか。

「今は部長が1番でもいいっす。そのうちテニスでも夕希からの気持ちでも部長に勝つんで」
「……適わんなぁ。しれっと名前呼びしよるし……」
「俺のことも名前で呼んでください」
「めっさぐいぐい来るやん怖っ……せやな、明日の練習試合で全勝したらな」
「余裕っすわ」

次の日の練習試合はもちろん相手チームと大差をつけて俺の圧勝。他のチームメイトからも調子がいいと褒められた。

そして、約束通り照れながら彼女に呼んでもらう自分の名前は確かに特別に感じて好きな人と付き合う幸せを噛み締めた。

END
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