前編 


2人だけの空間に荒い呼吸といやらしく肌のぶつかり合う音が響く。
初めは手探りだった情事も回を増す度に互いの気持ちいいポイントが嫌でもわかってしまう。そこを的確に責められれば私の体は嬌声をあげて、だらしなく後輩にすがりつくだけだ。

「んんっ、財前っ!も、無理……っ!」
「はぁ、先輩ん中ヤバイっすわ……俺もそろそろ……」
「っ!!!!」
「!!ぅぁ……まだ出すつもりなかったんに……」

大きく身体を反り、足先まで電流が走るような感覚に見舞われると同時に財前も私の中で達した。普段はクールな後輩の熱っぽい視線や切なげな表情を知れると思えばこの不毛関係も役得なのかもしれない。
財前は私から自身を引き抜くと淡々と事後処理を始めた。私は息を整えてすぐに通知が来ていたスマホを開く。通知欄からメッセージアプリに飛べば片思いしているクラスメイト兼同じ部活の部長__白石蔵ノ介からの連絡事項が表示された。

「なぁ、財前。明日の部活休みやって」
「そっすか」
「明日の放課後もうち来るやろ?」
「部活ないならしゃーないっすわ」
「とか言うて、私と遊びたいくせに素直やないなぁ」
「先輩こそ、俺とヤりたいくせに素直やないっすわ」
「ヤりたいのはそっちやろ、あほー」
「まぁ、否定はせんっす」

財前とは付き合っていない。なぜなら、前述した通り私が想いを寄せる相手が他にいるからだ。
ちなみにその相手、白石に告白してばっさりと振られた日から財前と体だけの関係を続けて半年になる。最初は戸惑った行為も慣れてしまえばただのスキンシップだ。そう思える程度には感覚が麻痺している自分に嫌気が差すがそんなの考えてはいけない。時間の無駄だ。

「財前、ちゅーして」
「えらい甘えたやないですか」
「うっさいわ」

心の隙間を埋めるように何度も角度を変えて唇を啄む。こんなに恋人のような甘いキスをしても何度目かわからない情事を重ねても互いに欲をぶつけ合うだけの虚しい行為に感じた。

しかし、一度快楽を味わってしまえば戻るものも戻れない。それに私は白石からフラれた身だ。真剣な表情で「今はテニスに集中したいんや」と言われた時のことを今でも鮮明に思い出せる。


あれは、桜が散って初夏を迎えようというある日。
新緑の眩しさに目がチカチカすればそれに負けてないくらい輝く色男の姿がいつものテニスコートにあった。女子マネとして2年間見ているというのに彼のカッコよさには未だ慣れない。

「白石、今日も絶好調やんな」
「せや、今日も無駄がない完璧なテニスやでー!!んんーっ!エクスタシー!!」

お決まりのセリフに苦笑いが漏れるがそんな言葉が気にならないくらい彼は魅力的だ。顔だけでなく、内面も。そんな彼に片思いしてかれこれ1年が経とうとしていた。

激しい練習も終わり、今日の出来事を部誌を記入する白石と部室の清掃をする私はいつものように他愛もない会話をしていた。部室には2人きり。魔が、差したのだ。本当に。言うつもりなんてなかった。でも、ずっと伝えたかった言葉。

「やっぱ、白石の事好きやわ」

その前まで何の会話をしていたか忘れるくらい頭が真っ白になった。慌てて口を塞ぐも覆水盆に返らず。白石は部誌を書いている手を止めて驚いた表情でこちらを見上げた。彼のビー玉のような瞳に動揺が見える。ゆっくりと口を開く白石の言葉なんてたやすく想像できた。

「その……すまん。五反田さんのことは嫌いやないねんけど……大会控えとる今は部長として色恋よりもテニスに集中したいんや」

白石に告白して玉砕した女の子を大勢見てきた。その子たちは決まって「テニスに集中したい」とフラれたらしい。その子たちよりもマネージャーとして近くにいる私なら、と少しでも可能性があるんじゃないかと思った自分の浅はかさを知った。

「そ、そうやんな……うん、気にせんといて!私も白石がテニスしとるところが好きなんやし!ほな、掃除終わったし帰るわ!!」

「あ、五反田さん……」

白石の引き止める声を聞こえないふりで逃げ出した。上手く笑えただろうか。早口で喋ったせいで変に思われなかっただろうか。色々頭の中を駆け巡るが、それよりも目頭が熱い。涙が止まらない。呼吸が苦しい。部室を出て校門に向かって全速力で走り出した私は下を向いて走っていたせいで目の前から接近する人物に気付けずにそのまま突っ込んだ。
突然訪れる衝撃にバランスを崩して転倒しかけた時しっかりと骨張った手が私を支えた。謝りながら見上げればこんな時でも表情を崩さない後輩が抱きとめた手を解いてイヤホンを耳から外していた。

「先輩、酷い顔っすね」
「開口一番言うことがそれて……。てか、財前はなんで逆流しとんの」
「はぁ、忘れ物取りに戻ろうとしたんすけど……まぁ、それよかこっちのがおおごとっぽいんでもういいっすわ」
「へ?」
「なんかあったんなら話くらい聞いてもええっすよ。報酬はぜんざい一杯で」
「珍しく優しいと思ったらアンタほんましっかりしとるわ……今多分化粧が涙で溶けとるさかい、ぜんざいは明日の放課後奢ったるな。うち来てくれん?」
「……しゃーないっすわ」
「おおきに」

普段あまり会話が続かないと思っていた後輩との帰路は思ったよりも楽しかった。きっと彼なりに気を使ってくれたんだんだと思う。学校から程なくしてなんの変哲もない一軒家が目に入ってくる。
いつも通り玄関の鍵を開けるがいつもと違うのは後輩が遊びに来てくれたという嬉しい誤算だ。

「勢いでついてきたんすけど、家に男上げていいんすか?」
「あー、気にせんといて!共働きでいっつも夜遅くまで親おらんねん」
「へー……そっすか。ぁ、お邪魔します」

興味なさそうな後輩に「お茶入れるさかい、二階の階段登ってすぐの部屋でくつろいどってな」と伝えてリビングに向かう。

麦茶でええか。と2人分のグラスに適当な量を注ぎ、普段客人の来ない家に茶菓子なんて大層なものがあるはずもなくポテチを一緒にお盆に乗せて自室へ急いだ。

一応自分の部屋でもノックをして扉を開ける。そこには普段よりも少しお行儀の良い後輩の姿があった。

「茶菓子がポテチしかなくてな、堪忍なー」
「別にええっすよ。で、何があったんすか」
「うわー、いきなりかいな……まぁ、そのために来てもろたんやし……話すわ」

私はなるべく客観的にギャグを交えながら先ほどの玉砕話をした。ギャグはまったくウケなかったが少し心に余裕ができた気がするのは人に話して気持ちを整理できたからだろうか。
終始後輩は私の気持ちを茶化すことなく聞いてくれた。今日は財前が神様に見える。明日1番高いぜんざい奢ったろと心に決めて話を終えた。

「__っちゅーわけでな!モノの見事に玉砕したったわ!!わろてもええねんで!?」
「笑うとこないやないっすか」
「いやいや、めっちゃギャグ挟んだやんけ」
「はぁ……無理しなくていいっすよ。あんなにブッサイクになるくらい泣いとったやないですか」
「誰がブスやて!?」
「先輩っす」
「失礼な後輩やな!!……でも、ほんまおおきにな。話聞いてくれて少しすっきりしたわ」
「その割に泣いてますけど?」
「え」

無自覚にも頬を伝う滴がこぼれ落ちて制服のスカートにシミを作った。後輩に何度も泣き顔を見られるなんて情けないにもほどがある。

「あかんなぁ……我慢しとったのにやっぱめっちゃ悲しいわ……」
「涙、止めたりましょか?」
「財前魔法使いなん?そないなことできるならしてぇな」
「あー、今日卒業する予定なんで魔法使いにはならんっすわ」
「? わけわからん……」
「こっちの話っす。どないします?慰めて欲しいっすか?」
「なんで上からやねん。でも、せやな……お願いします……」
「先輩が許可したんっすからね。後で文句言われても聞かんっすよ」
「え?な、なにっ!?」

意味深な言葉を言い放つ後輩の目の奥がギラつく。少し恐怖を覚えたが、近づいてくる財前を不思議と払い除けようとは思わなかった。
そのまま、まるで付き合いたての恋人のような優しい口づけをされる。骨張った大きな手で抱きしめられればこのまま全てを財前に委ねようとさえ思えてしまった。

再び財前の柔らかい唇が私の唇を啄む。しかし、それは最初の優しいものではなくてまるで食されるような深い深い口づけだった。舌が侵入してきて互いの唾液を交換すれば頭はだんだん麻痺してくる。身体の中心から火照るような感覚に苛まれ、財前にすがりついた。

「私、こんなキス……しらん」
「思っとったより悪くないっすわ」

財前もおそらく初めてのようでなんだか嬉しくなった。そこからは一瞬で、互いにベッドの上で服を脱がせ合い、好奇心だけの愛撫とも呼べない行為をした。そんな拙い行為でも未知の感覚に下着が濡れるのが自分でもわかる。この先をもっと知りたい。もっと、もっと__子供のような好奇心は膨れ上がり、気づけば財前と私は一つになっていた。

「はぁ、キツっ……先輩処女っすか……」
「ぁ、当たり、前やろ……今日フラれてんで……?」
「せやったわ……でも、涙止まったっすね」
「ほんまやな。でも、股裂けとるんかってくらい痛うて泣きそうやねんけど」
「泣いてもええですよ」
「泣かんわ、はよ動けあほ」
「ほな、遠慮なく……」

財前は私の腰を優しく掴むと緩やかに出たり入ったりを繰り返した。圧迫感と痛みが和らげば、代わりに甘く痺れる快感が押し寄せてくる。

「財前、なんか、変や……私、怖い……」
「痛いっすか?」
「ちゃう、ねん……そりゃ少しは痛いねんけどっ……きもち、ええ……かも……でも、変や」
「それ、イくんとちゃいます?俺も出そうなんで激しくしてもええっすか?」
「ぅん、財前の好きにして……」
「それはヤバイっすわ」

彼の呟いた言葉を拾う間も無く、腰を打ち付けるスピードが速くなる。肌のぶつかり合う音と、どちらのものかわからない体液がシーツにシミを作り、荒い呼吸がこだました。

「っ、でる……」

私を見下ろす後輩は頬を上気させて快楽に顔を歪めた。ゴム越しに伝わってくるどくどくと脈打つ物体を感じ、ああ、財前とセックスをしたんだという現実味が湧いてくる。

「先輩、結局イかんかったすね……」
「イくってのがようわからんしなぁ」
「次はイカせたりますわ」

次もあるんかい!というツッコミは心の中に留めて事後処理をする財前の腰に腕を回し、そのまま頬にキスをした。

それから私の家が学校から近いこともあり、部活終わりの放課後は思春期の持て余す性欲を毎日のように発散させた。普段はクールな後輩の熱っぽい視線や切なげな表情を知れると思えばこの不毛な関係も役得なのかもしれない。そういった優越感も相まって先輩後輩という関係から今ではすっかりセフレという枠に落ち着いてしまった。

しかし、恋人のような甘いキスをしても何度目かわからない情事を重ねても互いに欲をぶつけ合うだけの虚しい行為に感じた。事後は決まって心の隙間が広がるような感覚を覚える。いつかはピリオドを打たなければいけないこの関係も今だけはこのまま、財前に私の体を委ねていたい。

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