「ただいまー、誰か来てるの?」
「母さん、ノックくらいしてください」
「あらー、可愛い彼女ね!風邪なのに女の子連れ込むなんてやるじゃない!」
いつもより数段深いシワを眉間に刻んだ日吉に苦笑いしつつ、インターホンに向かってした挨拶と全く同じ自己紹介をした。すると日吉のお母さんは人懐っこそうな笑顔で夕食に誘ってくれたので丁重にお断りする。
「すみません、用事が終わったので帰ります」
「そう?残念だわ。また是非いらしてね」
「はい、ありがとうございます!」
日吉はお母さんが来てから私に話かけなくなったので空気を読んで大人しくお邪魔しましたと挨拶だけを残して帰路についた。
帰り道スマホのバイブレーションが震える。トークアプリを開くと珍しく日吉からお礼のメッセージが届いており、私は日吉に似ている猫のキャラクタースタンプを上機嫌で送った。
**
次の日、お約束というかなんというか私は風邪をひいた。合宿を次の三連休に控えているため大事をとって学校を休んだ。実際は少し体がだるいだけで昼には熱も下がってしまって今は何ともない。
そろそろ部活が始まる時間か、と時計を確認した時に家のチャイムが鳴った。何度もなるチャイムに苛立ちながらも諦めてパジャマのまま玄関を開けると私に風邪をうつした張本人がビニール袋を握りしめて立っており、動揺してしまう。
「え、日吉?部活は?」
「跡部部長から昨日の今日だから休めと言われました」
「そう、それでなんでここに?」
「はぁ……わからないんですか?」
「……もしかしてお見舞い?」
少し顎に手を当てて考えるふりをするとかなり怖い顔で睨んできたので茶化すのはやめにした。無言で肯定する日吉に中に入るように促す。ちょうど話し相手も欲しかったので無理やり日吉を家にあげた。借りてきた猫のような彼は私の部屋に入るとやっと口を開く。
「ご両親は?」
「仕事だから夜まで帰ってこないよ」
「そうですか……あ、これお土産です」
「えー、ありがとう!」
渡されたビニール袋の中身は見事に昨日私が買っていった物と似たラインナップだったので思わず笑ってしまった。
「あ、お茶出すね」
そこで客人にお茶を入れてないことに気づき慌てて立ち上がるが横にいた彼に阻止される。
「先輩、寝てなくていいんですか?」
「うん、お昼には体調戻ったしね」
「そうですか、じゃあ昨日の続きができますね」
「え?」
私は今鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をしているはずだ。日吉の綺麗な顔がどんどん近づいてくると私は慌てて距離をとった。
「何逃げてるんですか」
「また風邪うつったらどうするの?」
「元々俺の風邪でしょう?大丈夫ですよ」
「でも……」
「……先輩は俺とキスするの嫌ですか?」
「……嫌、じゃ……ない……」
1度口に出してしまえばなんだかスッキリした気持ちになる。そうだ、私は日吉とキスをするのも求められる事も嫌じゃない。
日吉は嬉しそうに私の頭を優しく撫でると唇に啄むようなキスをした。それがまるで始まりの合図のようにパジャマの中へと日吉の手が侵入してくる。
膨らみへたどり着いた日吉の指は円を描くように優しく乳輪をなぞった。なんだかもどかしくて身体を攀じるとこっちに集中しろと言わんばかりの深いキスで唇を塞ぐ。
今まではされるがままだったキス。今日は応えるかのように自分の舌を絡ませた。受け入れてしまえば最初にしたぎこちないものよりとても気持ちがいい。積極的に日吉を求める私に彼は満足そうに笑っていた。
「なんだか今日は積極的ですね」
「んっ……積極的なのは嫌……?」
「別にいいんじゃないですか」
「ふふ、日吉、もっと触って?」
「はぁ……アンタって人は……」
今まで触れられなかった先端を彼の指先が弾くと私の意思とは関係の無い嬌声が上がる。日吉は私をゆっくりベッドに押し倒すともう一度私に口付けながら右手をショーツの中へと滑り込ませた。
秘部を指がなぞる度に小さな水音が羞恥心を掻き立てる。
「ぐちゃぐちゃですね」
「ひ、よ……っ早く入れて……?」
「ったく……煽るのも大概にしろよ、夕希……」
いつも呼ばれない下の名前に身体の中心がきゅんとした。今まで入口を往復していた指が体内へ侵入してくる。自分のモノとは違うそれに感情が昂った矢先、バラバラに動く2本の指により一層高い声が上がった。
「ああっ……!!日吉、だめっ……!!!!」
「ダメじゃないだろ?感じてるくせに」
彼の意地悪な言葉が耳元で囁かれたと同時につま先へと電流が走る。頭がぼーっとする私に日吉は優しく額へキスをした。
カチャカチャとベルトを外してズボンと下着を一気に脱ぎ、私に覆い被さる日吉は頬が上気していてとても色っぽい。
黒いパッケージを口で破ると中のゴムをスルスルと自身につけて膣口へとあてがった。
「入れますよ」
「ぅん、きて……」
ゆっくりと肉壁を押し開く感覚に息が詰まる。一回目より素直に沈み込んでいくがやはり体内の圧迫感に呼吸を忘れてしまった。
「全部、入りました……動いていいですか?」
「ん、いいよ……」
律儀に確認する日吉は相変わらず不安そうな色を瞳に宿している。その不安を拭うようにサラサラとしている日吉の前髪に触れ、頭を撫でた。
「なっ……!」
「日吉は可愛いね、不安にならなくてもいいのに」
「ちっ、なんでアンタはそんな余裕そうなんだ……」
「一個上だからね。てか今更だけど敬語は?」
本当は余裕なんてないのに少し意地悪な言葉を投げかけると日吉は拗ねたような表情へと変化した。出会ったばかりの時はポーカーフェイスな後輩だと思っていたのに目の前の彼はこんなにも表情が豊かだ。
「繋がってる間は対等でいたいんですが」
思いもよらない素直な言葉にキョトンとしてしまう。どうやら日吉にとっての先輩後輩はコンプレックスだったらしい。
「じゃあ、こういう事してる間は恋人同士みたいにする?」
自分でも突拍子もない言葉が出てしまう。どんな表情を作って言ったのかなんてわからない。冗談だと言って誤魔化そうと口を開いた瞬間、日吉の言葉が私の動作を止めた。
「夕希、好きだ……」
「へ……?」
日吉のこちらを見る瞳は真剣で私は言葉を失う。こんなの、告白じゃないか。どうしよう、こうして日吉と関係を持ってしまっても私はまだ跡部のことが____。
「何間抜けな顔してるんですか、今は恋人同士なんでしょう?」
「あーもー、心臓に悪い!!」
「へっ、さっきの仕返しですよ」
意地悪そうに笑う日吉に安堵する。ごめん、日吉。きっと冗談じゃないよね。でも、今はその嘘に甘えさせて欲しい。
「私も、日吉が好きだよ」
どの口がどんな顔で言っているんだ。自分の快楽のために日吉を利用してるくせに。私はずるい。
「名前で呼ばないんですか」
「んー……若……好き」
「……よくできました」
小さい子を褒めるように諭すと今まで止まっていた動きが再開される。突然訪れる快楽に耐えきれず日吉の背中へ爪を立てた。余裕のない私を見て日吉の唇は大きく弧を描く。
「あっ、ん……!!わか、し……!!」
「ここがいいんだろ……?」
「んんっ!」
腰を掴まれ、何度も何度も深い場所を突かれれば再び腹部に迸る電流のような感覚。最初は私に気を使って緩やかに打ち付けていた腰も高ぶる気持ちと比例するように徐々にスピードを増していく。2人分の荒い息遣いや、肌を打付ける度に響く粘着質な水音に脳内は麻痺していった。暫くして、互いに限界が近くなり一緒に絶頂を迎えるがゴム越しのどくどくとした液体の感覚にはまだ慣れない。
日吉は崩れるように私の体へ覆い被さると消え入りそうな声で好きだと呟くが私は何も言えなかった。
私の返事が無いことを気にする素振りもなく日吉は身体を起こすと腟内からゆっくりと自身を引き抜き私に背中を向ける。
「わーかーしー……」
「何ですか、五反田先輩」
「え、冷たっ。恋人ごっこは?」
「繋がってる時だけでしょう? 今日はもう終わりです」
行為が終わると途端に冷たくなった日吉は私の方を見らずに淡々と処理をする。私は腰が立たなくて起き上がれないのをつまらなく思い、日吉の背中に指で文字を書いた。
『ごめん』
2020.09.30
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