五里霧中 

先日の反省を生かしていつも以上に早く、そして余分に準備をするようになった。
元から真面目に業務はこなしていたつもりだが、あの日をきっかけに今までの作業内容を見直して効率化を図った為、心にも時間にも余裕ができた。額にうっすらと浮かんだ汗を拭うと、遠くからよく見知った後輩たちが部室へ向かう様子が目に入る。
しかし、いつも不機嫌そうに仏頂面で輪の外にいるきのこ頭の姿がなかった。
不思議に思い、気になった私は近くを通り過ぎようとした長身の後輩に声をかける。

「鳳くん、日吉は?」
「あ、五反田さん! 今日風邪で休みらしいです」
「え、まじか! うーん今日中に渡したい資料あったんだけどなぁ」
「もしかして合宿の資料ですか?」
「そうそう、うーん、どうしようか」
「先輩が帰りに行ってあげたらどうですか?きっと日吉も喜びますよ!」

にこにこと人の良さそうな表情に有無を言わせぬ圧力を感じるのはわざとなんだろうか。まぁ、行ったことはないが家は知ってるしプリントだけ渡すなら迷惑にならないかな。とりあえず、今は目の前のことに集中しようと気合を入れ直し、首から下げているストップウォッチに再び手を伸ばした。

***

跡部の号令で今日の部活も終わりを告げる。急ぎ足で道具を片付けてから部員たちに断りを入れて荷物を取ってもらう。
そのまま教室よりも大きい豪華絢爛な女子トイレに移動して制服に着替えた私は乱れた髪と崩れた化粧を整えた。
鞄の中のクリアファイルにプリントが入っていることをもう一度確認した後、少し早足で学校を出る。
       
道中コンビニでゼリーとスポドリと濡れ煎餅を購入してあれこれ考えているうちに厳かな日本家屋が目に入った。
立派な門がまえの横にある表札を確認すると目当ての後輩の苗字が書かれており、深呼吸をしてインターフォンを鳴らす。
しばらくしていつもよりかすれた「はい」という日吉の返事が聞こえた。兄弟がいると言ってたことを思い出し、念のためきちんと挨拶をする。一応部活を代表してきてるわけだし、粗相があってはいけないしね。

「えっと、テニス部のマネージャーをしている五反田夕希です。部活の連絡事項を書いたプリントを届けにきたのですが、若くんはいらっしゃいますか?」
「……俺ですけど」
「あ、やっぱり日吉か。よかった。合宿の連絡事項と差し入れだけ渡したいんだけど……」
「わかりました。今開けるので少し待ってください」

返事があってすぐに扉が開くと気怠げな日吉が顔を出す。上下スウェットに熱ピタを貼っているところを見る限り、やはり体調は良くなさそうだ。それよりも……。

「眼鏡じゃん……!!」
「開口一番それですか。……中学に上がってから視力が落ちたので家では眼鏡なんです」
「そっかー、似合ってんじゃん。あ、そうそう、合宿の連絡と__」
「お茶くらい出すんで上がってください」
「え、でもきついでしょ? ここでいいよ」
「病人に玄関先で長話するつもりですか?」
「あー、わかったよ……! 説明したらすぐ帰るからね?」

お邪魔します。と断りを入れ少し機嫌の良さような日吉の後ろをついていく。階段を登り、通されたのは日吉の部屋だった。
適当に座ってくださいと告げると彼は再び階段を降りて行った。病人にお茶を入れさせるとは面目ない。
1人になった部屋を見渡すと和風ながらも男の子を感じさせる部屋に居心地が悪くてソワソワしてしまう。気を紛らわせようと視線を本棚に移すと参考書と並んで怪奇現象や学園七不思議の本が几帳面に並んでいて思わず顔が綻んでしまった。

「何をにやついているんですか気味の悪い……」
「うぉ!?」
「はぁ……色気のない声ですね」

相変わらず日吉は背後を取るのがうまく、いつの間にかお盆に2人分のお茶を持って扉の前に立っていた。静かにテーブルの上にお盆を置くと日吉は自分のベッドの上に腰掛けた。本棚の前に座っていた私を背後から覗き込むような形になり、急に緊張が走る。

「それで、何をしてたんですか?」
「本見てただけだよ、それよりこれ__」

手土産を渡すとビニール袋の中に濡れ煎餅を見つけて心なしか微笑んでいるように見えた。マネージャーとして部員の好きな物くらい把握してないとね。

「ありがとうございます。いただきます」
「え、珍しく素直じゃん。日吉、やっぱ弱ってる?」
「はぁ……お礼くらい普通に言いますよバカにしてるんですか?」

それとも__言いかけた日吉は床に座っている私を引き上げるとそのままベッドに押し倒した。突如反転した視界は見慣れぬ天井と涼しげな表情の後輩を映す。

「それとも、俺が弱ってるか試してみますか?」
「なっ……え、病人なんだから大人しく寝てなきゃダメでしょ」
「もう熱も引きましたし、先輩も俺の部屋に入ったんだから覚悟できてますよね?」
「か、覚悟とか……」

してなかったわけじゃない。日吉と目が合うだけで情事を思い出し、身体の中身がじんわり濡れる私はまるでパブロフの犬だ。自分でもこんな気持ちになるなんて思わなかった。
もごもごと濁すように口を噤むと日吉は嬉しそうに首筋へキスを落とした。

「んっ……」
「先輩も既にその気みたいですね」

日吉は首筋から鎖骨へ、鎖骨から胸元へと舌を這わせながらブラウスのボタンを外していく。これから行う情事への期待感と自分のものとは思えない鼻にかかった甘い吐息に羞恥心が高まるのを感じた。ああ、私は日吉に言われたように淫乱なのかもしれない。
早く早くと急き立てられる思いを感じ取ったのか、日吉は背中に手を回すとホックを外して下着を上にずり上げた。

「まだ触ってもないのにもう硬くなってますよ」
「うるさいっ……!」

日吉は胸の突起を指先でつつくとと私の反応を楽しむかのように口に含み、舌先でそれを転がした。唾液と絡ませちゅぱちゅぱといやらしい音をたてるだけで身体の中心が疼く。それを見越したかのように太腿をなぞる日吉の手を私はやんわりと押し返した。
今まで楽しそうに意地悪な表情を浮かべていた日吉の瞳に微かな不安が宿る。

「日吉、待って」
「ここまでしておいてやめろと?」

自嘲気味に笑う後輩にそうじゃないと首を振る。意味がわからないと尚、怪訝な表情の後輩の太ももに手を置いて緩やかに反応を示す下半身に慣れない手つきで優しく触れる。

「っ……!」
「私だけ、気持ち良くなるのは……その、フェアじゃないと思って……」
「へー、触ってくれるんですか」
「で、でも、触ったことないから……その、教えて……?」

煽らないでくれますか、という彼の表情は先ほどとは打って変わって悪巧みをする子供のようだった。顔に熱が集まるのが分かりながらも、彼の指示通りにズボンの上から盛り上がっている中心を上下に擦る。時々ピクッと反応を示す後輩が可愛く思えて行為を加速させた。生意気な後輩の見慣れない姿は着火剤のように私の好奇心に火をつけた。

「ねぇ、日吉、舐めてもいい?」
「はぁ……!?」

日吉の返事を無視してズボンのゴム部分に手をかけ、勢い余って下着も一緒にずり下ろす。初めて間近で見る男のそれは思っていたよりも幾分かグロテスクで充血してどくどくと脈打つ別の生き物のようだった。諦めたように視線を逸らす後輩を無視して恐る恐る口に含む。少ししょっぱいのは汗の味なんだろうか。垂れてくる自分の髪が邪魔で耳に髪をかけながらもう片方の空いている手で上下に擦る。舌先でアイスを舐めるようにペロペロと舌を動かすが上手くできている自信がなく、日吉の顔を伺った。
視線の先の後輩は上気した頬と額にうっすらと汗を滲ませ、こちらを真剣な表情で見つめていた。目があった瞬間、気まずそうに視線を逸らす彼に胸が締め付けられる。
その気持ちを隠すように奥まで日吉の自身を咥え込み、歯を立てないように上下運動を繰り返した。突然訪れた刺激に日吉が小さく艶っぽい声を上げる。

「っ、離せ、もう出る……!」

日吉の言葉を無視して上下運動を続ければ勢いよく欲が放たれ、どろりとした舌触りと形容し難い不思議な味が口いっぱいに広がった。
必死に喉の奥に追いやろうと上を向くと驚いた表情の日吉が慌ててティッシュを引き抜き私の口元へ持ってくる。が、既に飲み込んだ後でそのティッシュは無意味なものとなった。

「ぅ、まずっ……」
「飲むものじゃないですからね……」
「次は飲まない……」
「へぇ、次もあるんですか」

それは楽しみです、としたり顔で笑う後輩に高鳴る胸は、きっと、恋なんかじゃない。そう思わないとこんな関係はこれから続けていけないと私の直感が警鐘を鳴らした。


2020.09.23

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