意馬心猿 

次の日、昨日のことをバラされていたらどうしようという不安と後輩とあんな事をした事実が頭を駆け巡り、正直日吉にどう接していいのか分からずモヤモヤした気持ちで部活へ行くのが非常に憂鬱だった。
同じクラスの向日から担任が呼んでいると言われた時には鶴の一声だと思ったし、これを理由に遅れると伝えてもらい、なんならギリギリまで時間を潰そうと思った。てか、正直休みたい。

「がっくん! ごめん、担任の用事終わってから部活行くから跡部に遅れるって伝えといて〜!!」
「おう! なるべく早く来いよな!」

適当な愛想笑いを浮かべ、職員室に向かう。担任からの業務連絡は即時に終わり、あんまり時間は潰れなかった。遠回りしながら部活に向かうことにしたが、部室が視界に入る距離になるとどうも足が進まない。部員はもう練習に入ってるだろうしまだ遅くなっても問題ないのでは?なんて邪な感情と戦いながらいったりきたりしていると今1番会いたくない人物の声が背後から聞こえてきた。

「不審者ですか貴方は」
「ひっ! 日吉っ!? ……ち、遅刻とはいい度胸じゃない。そんなんじゃ下克上も夢のまた夢ね……!!」
「何キャラなんですか……」

驚いて振り返るも昨日の今日で合わせる顔がない。いつものように皮肉には皮肉で返すが上手く目を見て会話なんて出来ないし、うっかり見てしまったら昨日の行為をしている時の日吉と重ねてしまいそうで耐えられなかった。

「今日俺が当番ですよ。忘れたんですか?……そういう先輩こそ遅刻とはいいご身分ですね」
「そういえばそうだったね。ちなみに私は担任に呼ばれてたの。きちんと跡部にも伝えてるし」

日吉と私は同じ図書委員会で、先日、今日の当番を2年に決めていたことを思い出した。ちくしょう。わざわざ遅れなかった方がよかったじゃないか。

「そうでしたか、それは失礼しました」

へっ、と相変わらずバカにした態度の後輩に苛立ちつつ、見つかったからにはと部室へ足を進めた。目的が同じため日吉も後ろをついてくる。ガチャっと部室の扉を開けるともちろんそこには誰もいなかった。日吉が早くしろと言わんばかりにこちらを睨む。

「ちょっと、私が先に着替えるから入ってこないで」

もともと女子マネージャーなんていなかった氷帝テニス部はマネージャー用に特別部屋があるはずもなく(跡部が作ろうとしたが申し訳ないので断った)時間をずらすからという理由で同じ部室で着替えていた。実際それで困ってなかったしこんな状況になることもなかった。

「昨日着替えどころか全て見たのを忘れたんですか? 時間の短縮にもなりますし、一緒に着替えれば問題ありませんよね」
「問題しかないけど!?」
「うるさい人ですね……部活前なのに襲ったりしませんよ」

はぁ……とため息を吐きつつ背を向けて着替え始める日吉に慌てて自分も背を向ける。急に口数が減り、静まった部室に布の擦れる音がやけに大きく聞こえた気がした。見られてる訳でもないのに羞恥心で顔が火照る。気まずいと内心思いつつ視線を床に送るとそこには口に出すのも悍しい黒い物体がいた。

「ひっ……!? 日吉っ!!」
「っ……! 何ですか……」

反射的に飛び上がった体は安心感を求めて近くにいた日吉にすがりつく。日吉は見慣れたユニフォームに着替え、脱いだ制服を綺麗に畳んでいる最中だった。最初は迷惑そうに眉間にシワを寄せていたが私の尋常じゃない怯え方に心配の表情を浮かべる。私は言葉にならない声で先ほど目が合った(気がする)ヤツのいた方向を指で指した。

「……なんだ、コオロギじゃないですか」
「へ? コオロギ……?」

私が指を指した先にいたものはGと揶揄されるアイツではなく、コオロギだったらしい。いや、どちらにしろ虫は苦手なのだが。日吉は呆れながら私を引き剥がし、躊躇することなくコオロギを掴み上げると勢いよく窓を開けて放り投げた。パンパンと手を払うと再びこちらに近づいてくる。お礼を言わないといけないというのは頭にあったが、まずは手を洗うように頼み込んだ。眉間に寄っていたシワを更に深く刻み、日吉は大人しく手を洗いに行った。すぐ戻ってきた日吉にお礼を言うとまだ眉間のシワは深いままだった。

「アンタ、まだ着替えてないんですか……」
「ぇ、あ……!! み、見ないで!!」

冷静になると今の自分の格好は上半身はキャミソール、下半身は制服のスカートという異性に見られるには配慮にかける軽装だった。

「はぁ……馬鹿なんですか? というか、さっきまで警戒心むき出しだったくせに急に下着姿で抱きついてくるなんて襲って欲しいとしか思えないですね」
「し、下着じゃないし! キャミだし!!」

慌てて身体を手で覆い隠すも近づいてきた日吉に軽々と払いのけられてしまう。さっきまでの眉間のシワは消え、代わりに悪巧みをする子供のようなニタニタとした笑みを浮かべる目の前の男に嫌な予感がする。

「へー、下着じゃないなら恥ずかしくないですよね。まあ、無防備なことに代わりはないですが」

そう言うと日吉は後ろに回り込み、首筋にキスを落とすとキャミの脇から手を滑り込ませた。手のひらで形を確かめるようにふにふにと揉まれる。

「ふっあ……」

意図せずくぐもった声が漏れ、自分の女を自覚してしまう。羞恥心は体を火照らせるには十分で身体の中心が熱くなるのを感じた。

「煽ったアンタが悪いんだからな……見つかる前に早く済ませましょう」
「!? す、するの!? 今から!?」
「ちょっと黙ってください」

思ってもみない言葉に少し声を荒らげると、向き直った真剣な表情の日吉の顔がどんどん近くなる。ギュッと目を閉じると案の定唇が重なった。昨日の深いものとは違う触れるだけの優しいキスに困惑する。

「どうしたんですか、そんな物欲しそうな顔をして」

私の頬に手を当てる日吉は今まで見たことないほど優しい瞳でこちらを見ていた。勘違いしそうになる。自惚れるな。

「も、物欲しそうな顔とかしてないし……」
「素直になったらどうですか? 可愛げがないですね」

日吉が再び私の胸に手を伸ばそうとした時に突然ガチャガチャとドアノブが回される音がする。背中に冷や汗が伝うのがわかり、慌てて日吉と距離をとった。

「おーい、中に誰か居るのか?」

ドアの外に居る声の主は宍戸だった。着替えてるから少し待って、と声を張るとバツが悪そうな返事が返ってくる。日吉の耳に手を当て、子供がコソコソ話をするように囁いた。

「私が着替えたらドアから出るから、日吉は向こうの窓から出て」
「わかりましたよ……」

鍵閉めておいたこと、感謝してくださいねと小さく捨てセリフを残し、日吉はシャワールームの手前にある窓を静かに開け、消えていった。

日吉が出ていったことを確認してから急いでジャージに着替え、待たせてごめんねとドアを開けた。

「今日来るの遅かったんだな。委員会か?」
「ううん、担任から呼ばれてたんだよね」
「あー、そういや岳人が何か言ってた気がするな。日吉も遅かったから委員会で収集があったのかと思ったぜ」
「そうなの? 日吉はもう練習行ってるかと思った」

さっきまで私の体をまさぐって事実なんて無かったかのように涼しい顔で返事をする。こうやって嘘は上手くなるのか。

そういえばまだ部活が終わるのには早い時間だ。宍戸が部室に戻る用事が思い浮かばず、観察してしまう。彼はロッカーを開け、スポーツバッグから自分のタオルを引っ張り出した。

「お、あったあった。タオルの替えを取りに来ただけだからよ、俺、戻るわ」
「あー、私が遅れたから……ごめん」
「仕方ねぇよ。呼ばれてたんだろ?」

レギュラー陣の替えのタオル準備やスポドリの補充はマネージャーである私の仕事だ。私情を挟んで遅刻し、宍戸に迷惑かけた事を反省した。

気持ちを切り替えてしっかり仕事をしようと決意し、レギュラーたちの記録ファイルを棚から取り出して宍戸と一緒にコートへ向かった。


2020.09.21
2
prev / next
[contents]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -