一件落着 

 各チームが集合し、軽いミーティングの後夕食の時間までは自由行動ということで解散になった。
 タオルの整理を終えてからは、コートを梯子して走り回っていたおかげか、切原との一件を考える暇がなかったのは不幸中の幸いだと思う。気づけば合宿一日目は既に終わろうとしていた。
 忙しくて逆に助かるなんて、とぼんやり考えていると今一番顔を見たくない人物が私に向かって走ってくるのが見える。すぐにその場を離れようと足に力を入れたが、身体が硬直して動かすことができないと数秒後に悟った。思っていたよりも私はか弱いらしい。

「夕希さん!」

 名前を呼ばれるだけで身体が強張り冷や汗が伝う。誰かに助けを求めようにも先程のやりとりを他人に話したくない私は声を出すことも出来ない。ジャージの裾を強く握りしめた時、ふいに目の前に人影が現れる。

「切原、お前はそんなに真田さんの鉄拳が喰らいたいのか?」

 ちらりと私を横目で見た日吉は切原との間に割って入ってきた。彼に促された通り、素直に背中へ隠れると、先程まで強張っていた身体が解れていく。今までこんなにこの後輩が頼りに見えることなんてあっただろうか。守られるという、むず痒い感覚は初めてで、だけど少し心地が良い。私は無意識に日吉のジャージを掌で掴んだ。

「ちがっ!! ちげーよ!! 俺は夕希さんに用があるんだよ!!」
「こいつはないらしいぞ、とっとと消えろ。そして二度と近づくな」
「何だよ! 彼氏でもないのに偉そうに説教垂れんな! どけよ!」
「……彼氏じゃなくても怯えてる女がいたら退けるわけないだろ」

 独り言のように呟いた彼の一言が私の胸を高鳴らせる。と、同時に少し絶望した。私じゃなくても、きっと彼は同じように困っている女の子が居たら手を差し伸べるのだろう。胸にチクリと針を刺されるような感覚に、私は唇を噛み締めた。

「はぁ? ナイト面すんなよ。俺は、その……」
「なんだ、要件だけ言ってさっさと消えろ」
「っち……夕希さん、その、ごめんなさい」
「え」

 突如今までのピリピリした雰囲気が和らぐと同時に、切原の口からは私に対する謝罪の言葉が述べられた。まさか謝られると思っていなかった私は素っ頓狂な声を発してしまう。日吉の背中に隠れているせいで切原の表情は見えないが、声は真剣そのものだった。少し、顔を出して切原を視界に写すと、彼はポツリ、ポツリと言葉を紡いでいく。

「調子に乗って、怖い思いさせたって、後から、気づいて……あ、あの時頭に血が昇ってて自分でもセーブできねぇし……でも、夕希さんに嫌われるの嫌だし、俺、謝りたくて……その、それだけっす……」

 彼からはいつもの覇気が感じられない。言い終えると、身を翻した切原を私は反射的に引き止めた。そんな私に日吉は少し怪訝な顔を向けるが、何も言ってこないのは私の気持ちを尊重してくれているからだろう。

「その、あのね、確かに……怖かった。すごく、怖かった」
「……っす」

 恐怖を感じた事実は変わらない。今だって本当は切原が怖い。

「でもね、赤也くんの怖い一面よりも、可愛い後輩として過ごした時間の方が長いし、すぐには無理かもしれないけど、また……時間が解決してくれると思う、から……」
「それって……」

 あんな事があっても、切原を可愛がっていた事実も変わらないのだ。だから、時間が解決してくれると信じてる。そう思えるのもきっと未遂で終わっていたからだろう。私はもう一度日吉のジャージを強く握りしめた。

「あ、でも、完全に許した訳じゃないから、暫くは近づかないでください……」
「そんなぁ……!?」
「はぁ……茶番はもういいか?」

 深くため息を吐きながら、日吉は私の肩を抱くと、切原を置き去りにして食堂の方へと歩みを進める。なんとなく感じる重たい空気は、私が切原を許す素振りを見せたからだろうか。沈黙に耐えられなくなった私は足を止めて日吉の顔色を伺った。

「日吉……怒ってる……?」
「……怒ってない。呆れているんだ」
「え」
「未遂とはいえ、襲われたんだぞ? そう簡単に許すとか馬鹿としか言いようがない。」
「だって、赤也くんそんなに悪い子じゃないでしょ……」
「ハッ、泣いていたくせによく言うな。本当は切原に襲われて興奮してたんじゃないのか?」
「……そんなわけないでしょ。最低」

 助けてくれたとは言え、言っていいことと悪いことがある。私は自嘲気味に笑う日吉を精一杯睨みつけ、反対側に歩き出そうとした____が、それは日吉によって阻まれてしまう。

「……悪い、言いすぎた」

 珍しく素直な言葉を告げる日吉は一体どんな表情で私を抱きしめているのだろう。後ろからきつく腕をまわされているせいで彼の表情は読み取れない。

「……キスしてくれたら許す」

 まるで付き合いたてのカップルの痴話喧嘩みたいだ、と自分で自分を嘲笑った。私たちはそんな綺麗な関係じゃないけど、このぬるま湯が今は心地良い。日吉は躊躇うこともなく、触れるだけのキスをしてくれる。でも、なんだか物足りない。
 私は彼に向き直って、もう一度強引に彼を引き寄せて荒々しく唇を奪う。初めて彼がわかりやすく動揺する様子を見て、悪戯心に火がついた私は、彼を近くの茂みへ引っ張り込んだ。訳もわからず素直についてきた日吉は少し不機嫌そうに顔を歪めている。

「何のつもりだ……?」
「ん、ちょっとそういう気分になっただけ」
「は?」

 瞳を閉じてもう一度唇を引っ付ける。今度は触れるだけの優しいものではなく、強引に舌を捻じ込んで口内を味わうようなキスをした。日吉は抵抗することもなく、されるがまま私の舌と絡めてくれる。気が済んだ私は彼からゆっくりと離れ、上目遣いで彼を見据えた。

「ねぇ、いい?」
「……襲われたばっかりだろうが」
「日吉としたいの」
「っ……!? ……生憎だが、ここは外で、避妊具がない」
「暗くなってきて人目がないし、ゴムがないなら素股でいい」
「…………」

 日吉からの返事はないが、それを肯定と受け取った私はジャージの裾から彼の素肌へと手を伸ばす。私と違い彼には抵抗できる腕力があるし、嫌なら振り払って逃げるだろう。まぁ、既に膨張している下半身を鑑みれば逃げるなんて選択肢が日吉にあるとは思えないが。

 鍛えられた腹筋から胸元へと手を這わせ、彼の頂きを軽く指で弾く。その刺激で微かに揺れる身体がなんだか面白くて、私は空いている方の手でハーフパンツを下ろし、その中で窮屈そうにしている日吉の自身をゆるゆると擦った。既に勃ち上がっていたそれも、外部からの刺激によって更に質量を増していく。次第に荒くなる呼吸に私も手の速度を早めたが、すぐに日吉によって静止された。

「もう出ちゃう?」
「うるさい」
「じゃあ、私のこと触ってよ」
「言われなくてもそのつもりだ」

 フンっと鼻を鳴らした彼は私を木にもたれさせ、ジャージを捲り上げると慣れた手つきで背中に腕を回してブラジャーのホックを外した。そのまま乳房を押し上げるように大きな掌で包み込まれ、敏感な突起を親指で擦られる。弄ぶようないやらしい触り方のせいか、それとも外で触られているという背徳感からか、いつもより興奮してしまう。

「ね、舐めて……」

 日吉は返事をする代わりに私の胸へと唇を寄せて、そのまま飴玉を舐める子供のように先端を刺激した。舌先の緩やかな刺激を受けて、ゾクゾクと背中を走るような感覚に襲われる。そんな私を知ってか知らずか、日吉は片手で下着ごとずり下ろし、既に十分と濡れているソコヘ指を這わせた。突如膣口に入ってくる異物に私は声を抑えることができず甘い吐息が漏れてしまう。

「俺のを触って興奮したのか? ……溢れてくる」
「う、るさいっ!」
「大きな声を出したら気づかれるんじゃないか?」
「っう……!」

 吐息ごと噛み込んで、声を漏らさないように必死に口を手で覆う。しかし、それすら無意味なほどに手の隙間から嗚咽が漏れ出てしまう。切原に触れられた時はあんなに怖かったのに、日吉だとなんでこんなにも興奮してしまうんだろう。
 逸らしていた視線をゆっくり彼に向ければ、真剣そうな表情の日吉がこちらを見ていて視線がかち合う。そこでふと、日吉の顔をまじまじ見てしまう。意外と長いまつ毛とか、私を写している紫がかった黒い瞳とか、スラっとしている鼻筋だって、もしや日吉は綺麗な顔をしてるのかもしれない。そう思うと、日吉の愛撫にも集中できなくて、芸術品を品定めするように観察を始めてしまう。

「……なんですか」

 痺れを切らした日吉が、不機嫌そうに呟く。ああ、なるほど。いつもこういう表情だから、気づけなかったのか。

「日吉ってイケメンだよね」

 考えもなく脊髄反射で返答すれば、日吉は更に眉を顰めたあと身体を離した。暗くなってきてよく見えないが、頬にはほんのり赤みが差している気がする。

「……先輩のせいで気が散りました。帰ります」
「ふふ、照れてやんのー、可愛いやつめ」
「可愛いのはアンタだろ」
「え」
『〜〜♪』

 自分の耳を疑う言葉が日吉の口から飛び出したとき、タイミングよくスマホの着信が鳴る。ディスプレイに表示される思い人の名前に一瞬で頭は冷静になった。

「もしもし、跡部? どうしたの」
『どうもこうもねぇ、ディナーに来てねぇのはお前と日吉だけだぞ? 何してやがる』
「ごめん、マネの仕事日吉に手伝ってもらってた」

 すぐ行く、と返事をして日吉とは何事もなかったかのように備え付けのレストランを目指した。
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