後編 

最初は単純な好奇心だった。
それが、身体だけの関係からいつの間にか心まで欲していた。好きだと思った。印をつけたかった。俺のものだと叫びたかった。でも、怖かった。

中学に上がって思春期になれば、自分の身体の変化に嫌でも気づくし、異性の身体に興味を持つのは当然だし、子供はコウノトリが運んでくるんじゃないって知った日から性行為という未知への好奇心は加速していくばかりだった。

そんな時、一つ上の先輩に誰にでも股を開く女がいるという噂を男友達から耳にする。クラスメイトよりも早く童貞を捨てたかった俺にとってはその話に乗るっきゃない、と噂を聞いたその日に仮病を使って部活を休み、噂の先輩を呼び出した。これが全ての始まり。

放課後の校舎裏。本来なら定番の告白スポットにその女は一人、凛とした態度で佇んでいた。ビッチだって言うからもっとチャラついた頭の悪そうな奴を想像していたのに、そのイメージとかけ離れた風貌の女に俺は面食らってしまう。

「アンタが例のビッチ先輩っスか?」
「……失礼なワカメ少年はそのビッチに何か御用?」

最初の出会いは最悪だった。俺に対して禁句である”ワカメ”なんていう女はこいつが初めてで、殴ってやろうかとも思ったくらいだ。でも、そうしなかったのは、この後の交渉で断られたくないから。

回りくどい事が好きじゃねぇ俺は見た目に反して強気な目の前の女へ、笑みを浮かべながら単刀直入に用件を告げた。

「俺、セックスしてみたいんスよ」

ビッチなら二つ返事で了承して、すぐにでもおっ始められるかも、なんて妄想をしていた俺はその女の一言に拍子抜けしてしまう。

「だから?」

だからって……。冷たく言い放つ女に苛立ちながらも、大人な俺はもう一度別のアプローチで食い下がった。

「手解きしてくれません?」

すると、少し間を置いて「いいよ、退屈させないでね。童貞ワカメくん」とその女は不敵に笑った。そんな彼女に胸が高鳴ったのはきっとこれから起きるエロイベントへの期待だけだ。

その後、俺はその先輩のおかげで無事に童貞を卒業することになるのだが、なんだか噂で聞いていた話と現実とのギャップを感じ、違和感を覚えた。そりゃあ、噂を全て鵜呑みにしていたわけではないが、その違和感が確信に変わったのはセフレという関係になってしばらくしてから。

「なぁ、アンタは今まで何人とヤったんスか?俺何番目に上手い?」

いつもは事後に会話なんて滅多にない。淡白な関係のはずだが、今日はなんとなく彼女と話をしたい気分だった。それなのに、スマホから視線を逸らさないままの五反田先輩は無言を貫く。

言いたくない?それとも言えない?しばらくして「そんなこと別にいいじゃん」と言った彼女の横顔は今でも覚えている。

……俺の勘が正しければ、この人は多分、そんなに経験がない。

最初は俺の経験がないからだと決めつけて気にしないようにしていたが、一つ一つの些細なピースがこの時から綺麗にハマった気がする。

経験豊富だとは思えないナカの狭さとか、俺以外とヤってる様子がないところとか、それでも俺の相手をしてくれるのは何故なのか、とか。考え始めたらいつの間にか五反田先輩のことを好きになってた。

てか、俺以外とヤってないのなら、少なからず俺のこと好きってことだろ?それなら__

「俺と付き合えばよくね?」

考えていたことがそのまま口から滑り落ちてしまう。これは真田副部長にもよく注意される俺の悪いところだ。やっべ、と慌てて口を抑えるが、今更遅いと大人しく彼女の反応を待つことにした。

「…………考えとく」

長い沈黙の後、複雑そうな表情の先輩は、曖昧な返答を残して紙パックのジュースを啜った。順序は違えど、彼女ができるかも、なんて淡い思いをいとも簡単に打ち砕く先輩に俺はわかりやすく肩を落とすしかなかった。
__この人、本当に扱いづれぇ。

「じゃあ、今日も先輩んち行っていいっスか」
「ごめん、今日用事あるから」

気まずい雰囲気は残したくなくて返事の分かりきった質問を投げかけるが、間髪入れずに拒否の言葉を投げかけられてしまった。初めての突き放すような言い方に不安を覚えて先輩の袖を引く。

「え、何の用事っスか?」
「えーっと、家の用事。だから、だめ」

嘘だ、俺の本能がそう告げる。俺の腕を軽く遇らう彼女の態度に違和感を覚えた俺は、放課後の部活をサボって五反田先輩を尾行することにした。家の用事だ、とか言ってたくせに先輩が向かったのは学校からそう遠くはない小さな公園で、今日の俺はどうやら冴えているらしい。

先輩が木に寄りかかってスマホを操作し始めるとしばらくして高校の制服を着た見知らぬ男が現れた。

「っち、ここからだと声聞こえねぇ……もう少し近く行くか……」

こそこそと一番近い茂みへ身を隠して再び耳を澄ませると先ほどよりも鮮明に二人の声が聞こえる。

「よぉ、呼び出しに応じるところを見るとまだ俺のこと好きみたいだな」
「……おめでたい頭ですね。今更呼び出すなんて何事かと思えば……私は貴方に文句を言いに来ただけですよ」
「ふーん、なんの?ああ、もしかしてあのビッチって噂?」
「根も葉もない噂で迷惑してるんです。もう今日限り私に関わらないでください」

__やっぱり、五反田先輩はビッチじゃなかった。嬉しい気持ちと最初に俺が取った先輩への態度を思い出して頭を抱えるが、今はそれどころじゃない。話の内容からして一緒にいる男はきっと先輩の元彼だろう。心中穏やかじゃないまま俺は息を潜めた。

「へー、その態度、新しい彼氏でもできたのか?ビッチって噂があるのによくそいつ付き合ってくれたな」
「……」
「俺のお下がりで?不感症で?そいつも物好きだなぁ」
「……」
「せっかく寄り戻してやろうと思ったのによぉ」

五反田先輩を貶める暴言を吐く男に途中から腹が立って仕方なかった俺は反射的に彼女と男の間に入り、彼女を後ろに隠した。

「残念だったっスね!!!この人もう俺の彼女なんで!!寄り戻せないっスね!!」

威嚇するように睨みつけるが男は俺の登場に一瞬驚くだけで怯みはしなかった。どこの誰でも関係ない。好きな女を侮辱されて我慢しろって方が無理な話だ。

「ぇ、なんでここに……!?」

先輩の言葉を無視して男の反応を探る。いつもなら既に赤く染めてやるところだが、我慢して、手を出さない俺、超偉くね?

「ふーん、そいつビッチだけどいいの?」
「そんな噂信じねぇし」

信じてたくせに、というか細い声が背中から聞こえたが無視だ無視。今はそんなこといいんだよ!

「不感症だぞ?」
「アンタが下手なだけだろ?」

言うのが早いか隠していた先輩を背後から出してシャツの隙間から手を差し込んだ。そのまま胸の頂きを軽く弾けば甘い声が漏れる。

「んぁ!……ってばか!!!!こんなとこで何してんの!!」
「アンタはちょっと黙っててくださいよ……!」

文句を言う先輩に自身の唇を押し付け、これでもかと見せつけるように口を塞いだ。抵抗するように胸を押す力が弱まるまで角度を変えて互いの唾液を交換する。頭を抱いていた腕を緩めて空いている方の手でゆっくりとブラウスのボタンを外すが、他の男に先輩の肌を見せたくなくて少し身体の向きを変えて手を差し込んだ。窮屈な下着の中で思うように指が動かせないが、それでもいつもしているように先輩の柔肌をなぞる。次第にくぐもった甘い声が先輩から聞こえれば、俺自身もこんな状況だというのに興奮してしまった。

先輩の太ももに自身を擦り付けて、胸に這わせていた指をスカートの中へと忍ばせる。下着の上から触れたそこは、既に布の意味もないほど湿っていた。下着を脱がすのも億劫で隙間から指を差し込んだ瞬間、俺の頭に衝撃が走る。

「っこんな場所なのに盛るな!!!猿か!!!」
「いってぇ……馬鹿になったら責任とってくれるんスか……?」
「もう壊滅的な馬鹿でしょ!?」

真っ赤になって俺を叩く先輩を宥めながら男に視線を向けると、張り付けていた笑顔は消えてあからさまに不機嫌な態度でこちらを見ていたが、俺と視線が合った途端踵を返した。

「っち、暇になったから少し遊んでやろうと思ったけどやっぱいいわ。めんどくせえ」

まだ殴ってくる先輩の腕を掴んでいた俺は居ても立っても居られなくて、去っていく男に中指を立てた。
ガキくせぇって?うるせえ。ムカついたんだから仕方ねぇだろ。

「もう夕希に近寄んなよ!下手くそ短小インポ野郎!!!」
「……ワカメくんのが小さいよ?」
「はあ!?アンタはどっちの味方なんだよ!?」

衝撃のカミングアウトをされて先輩に向き直ると、彼女は少し罰が悪そうに微笑む。俺、今かなりショックなんだけど……?

「助けてくれてありがとう。てか、名前……」
「つ、付き合ってんだから普通名前で呼ぶだろ!!!」

咄嗟に先輩の名前を呼んだのがなんだか気恥ずかしくてついつい声を荒げてしまう。そんな俺に彼女はいつもの調子で釘を刺してくるが、今回は俺も引く気はない。

「でも、私、彼女じゃないけど?」
「今から付き合えばよくね?俺のこと好きっしょ」

これは賭けだ、さっき中途半端な返事を貰ったばかりなのに大きく出過ぎたかもしれない、なんて考えれば、掌に汗が滲む。さっきから心臓もうるさい。それでも、少しは先輩が俺のこと好きだって自負してんだ。勘だけど。

「………………大好きだけど」

しばらくの沈黙の後、彼女が発した言葉で俺の心臓は破裂しそうになってしまった。喉が渇く、声が上ずる、さっきよりも心臓がうるさい。……俺だせぇな。

「じゃ、じゃあ!!これから俺のことも名前で呼べよ!!」
「早漏ワカメくんでよくない?」
「よくねぇ、俺には切原__」
「赤也」

初めて呼ばれる俺の名前は、なんだかくすぐったかった。呼べって言ったのは俺なのに動揺してしまうのは俺がまだまだガキだからなのか、先輩が一枚上手だからか。

「……あ、ああ、てか用事終わったなら早く帰ろーぜ」
「名前呼ばれて照れるとかかわいいとこあんじゃん」
「うっせ!夕希んち行くからな!!!」
「はいはい、どーせヤりたいんでしょ?」
「否定はしねぇけど、今日はそれより恋人らしいことしよーぜ」
「例えば?」
「こ、こーいうのとか?」

彼女なんて出来たことない俺の恋愛偏差値はFだ。それでも、先輩としたいことは山ほどある。順序はバラバラだが、最悪な出会いの俺らにはなんの問題もないはずだ。好きならそれでいい、誰にも文句は言わせねぇ。

少し照れ臭くも、俺は夕希の腕を引いて帰る方向へ歩みを進めた。

「……赤也、ありがとう。大好き」
「……俺も、好きっス」

初めて口に出した“好き”なんて言葉はやっぱり恥ずかしくて、耳まで赤くなるのが自分でもわかる。

__身体だけの関係からいつの間にか心まで欲していた。好きだと思った。印をつけたかった。俺のものだと叫びたかった。そんな黒い感情が好きの一言で満たされて消えていくなんて、俺はすごく単純だ。

END
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