油断大敵 

豪華な昼食をたらふく食べ終われば、午後からはチームごとに別れて練習が始まる。
ホテルの敷地内にあるコートは全部で6面。少し離れた3箇所に2面ずつ設置されているため、マネージャー業務をこなす私を含めた6人はその3箇所を定期的に行ったり来たりしなければいけない。人数は氷帝にいる時よりも格段に少なくて楽だと思っていたのだが、実際は移動するだけでけっこう体力を消耗している。運動部のマネージャーとしては情けないほど私に不足している体力は仕事の効率云々で解決できるほどやわな問題じゃなさそうだ。

「あの……夕希さん、大丈夫ですか?」
「あー……うん、大丈夫。ごめんね、桜乃ちゃんに心配させちゃって!少し疲れただけ!」

くりくりとした大きな瞳が不安そうにこちらを覗き込んでくる。後輩に心配をかけてはいけない。そう心の中で自分を鼓舞するが、正直しんどかった。

「ドリンクもタオルも配り終えましたし、夕希さんは少し休憩しててください!!」
「でも、もうすぐ皆自主練に入るし……大丈夫だよ」
「だめです!今日は気温も高いですし、休んでください!!」
「……ありがとう、じゃあお言葉に甘えて少しだけ休憩してくるよ。何かあったら連絡してね?」
「はいっ……!」

思っていたよりも頑固な竜崎に驚きつつ、少し歩いた先にある木陰のベンチに座って一息ついた。そよそよと頬を撫でる風が心地よい。気を抜いたら眠ってしまいそうだ。うとうとしかけた時、突然頬にひんやりとした冷たいものがあたり、飛び起きた。

「ひぇ!?」
「あはは、せーんぱいっ!大丈夫っすか?これどうぞ!!」
「あ、赤也くんか……びっくりしたー……ありがとう」

受けとったペットボトルの封を開け、口をつければ乾いた口内をスポドリ特有の爽やかな風味が支配する。あー、美味しい。しかし、目の前にいる切原は本来ならばチーム別で練習をしているはずだ。

「でも、どうしたの?練習は?」
「丁度コートから夕希さんがこっちに来るの見えたんで、慌てて追いかけて来たんスよ!」

そう言って太陽を背にキラキラとした笑顔で笑う切原は弱っている私には天使に見える。あー、癒されるなぁ。でも、同じチームには確か立海の副部長である真田もいたはずだ。大丈夫なんだろうか。

「でも、真田くんいたよね?抜けてきて大丈夫なの?」
「あー……トイレ行くって無理やり出てきたんでちょっとまずいっスね……」
「ふふ、心配かけてごめんね。赤也くんに元気もらったら体力も回復した気がするよ!」
「……!!よかったっス!!んじゃ、本当はもっと話したいとこなんスけど、真田副部長の鉄拳怖いんでそろそろ失礼するっス!!」
「うん、ありがとう!!またね!!」
「はいっス!!あ!!……よかったら自主練の時、また構ってくれません?」
「もちろん、じゃあ残り時間頑張れー!!」

手をぶんぶんと大袈裟なほど振りながら小さくなっていく背中を見つめれば自然と笑顔になる。やっぱり日吉に爪の垢を煎じて飲ませてあげて欲しい。

すっかり切原に元気をもらった私は、彼から受け取ったペットボトルを小脇に抱えて軽い足取りで竜崎の元へと戻った。


***


時計の針が16:00を示せば、各チームリーダーの号令がコートにこだまする。マネージャー担当は各々仕事をこなせば、選手が自主練中は自由時間になるらしい。それを聞いた私はウキウキしながら手早くコートを回ってタオルを回収し、ランドリースペースへと向かった。

大きな洗濯機に洗剤とタオルをぶち込めば、あとは洗濯も乾燥も文明の利器に任せるだけだ。待ち時間が少しばかり暇になるが、体力のない私にはちょうど良い仕事だった。

タイミングよくポケットに入れていたスマホが震える。通知のポップアップに表示された名前は切原だった。

『構ってくれません?』

まだ、自主練が始まったばかりだというのにこの後輩は……と少し頭を悩ませるが、可愛いので許す。承諾のメッセージとここの場所を伝えればすぐに既読が付いた。そして、幾ばくもなく黄色いジャージが私の目に飛び込んでくる。

「夕希さーん!!」
「っわ!?もー、いきなり飛びついてきたら危ないでしょ?」
「へへ、夕希さんに早く会いたかったんで!!」

恥ずかしげもなくそんな事を笑顔で言える切原はやはり氷帝に連れて帰りたい可愛さである。

「あ、夕希さん。ここに糸くずついてるっスよ」
「んぁっ!……ご、ごめん。ありがとう」

突如触れられる首元に、驚いて思わず変な声が出てしまう。その声に驚いた切原はいつものつり目をまん丸にするといたずらっ子のような笑顔でこちらに笑いかけた。すごく……嫌な予感。

「夕希さ〜ん、首弱いんスか??」
「いやぁ〜、別にぃ〜〜?」
「ふーん、じゃあ、擽るのとかも平気っスよね?」
「ぇ、ま、まぁ?そういうの効かないし??」

これは苦手って言えば絶対くすぐってくる。そう確信した私は平然を装って誤魔化すが、どうやら無理があったようで切原は私の脇腹に手を添えた。

「あ、赤也くん!!待って!!!」
「へへ、がら空きっスよ〜!!」

服の上から手を滑らせる赤也は至極楽しそうで、私は必死に逃げようと試みるが上手く身体に力が入らない。自分の意志とは関係なく口から出るだらしない声も羞恥心を掻き立て、わけがわからなくなってきた。

「ぁ、赤也くんっ!!だめ……っん!!ま……って!」
「えっろ……」
「ぇろ、く……ないっ!!ばかっ……!!」
「やべ、ちんこ勃った」
「ぇえ!?赤也くんっ!?」
「……夕希さん、嫌だったら逃げてください」

唐突な爆弾発言に耳を疑った直後、目の前の切原は普段見せない真剣な表情で私を見つめていることに気づいた。天鵞絨色の瞳に私の姿を反射させ、苦しそうな、切なげな顔を覗かせる彼に、私は言葉を失った。

「な、何?__んぅ……んんっ!?」

申し訳程度の2人がけベンチに座っている私たちの距離がゼロになった。何が起こっているのか理解できないまま呆然としている私なんてお構い無しに切原の舌が唇を這う。そのまま無理やり唇をこじ開けられて口内に異物が侵入して来た時、初めて止まっていた思考が現実に追いついた。

え、キス……されてる?

唇を貪り食う様な荒々しいそれは、時折歯がぶつかる程だ。私はその痛みに眉をひそめ、対象的なキスをする日吉のことを無意識に思い出していた。

そうだ。日吉とはあの時喧嘩したまま、まだ和解できていない。もしも、こんな所を見られたりでもしたら一生口を聞いてくれないかもしれない。それだけは避けたい。

私の脳はこのまま切原を受け入れてはいけないと警鐘を鳴らす。酸素の足りない頭で必死に手に力を込めるように伝達するが、普段は可愛い切原もやっぱり男の子で、必死の抵抗も虚しく、力で適うはずなんてなかった。

「んぅ、あ、 か……んんっ……やめっ……」
「はぁ……キス、やべぇ、気持ちいい……」

虚ろな瞳の彼に私の言葉は届くことなく、一瞬離れた唇もすぐに塞がれてしまう。私の肩を抱いていた右手はいつしか胸の膨らみへと伸びている。服の上からでも形が変わるほど強く揉まれ、太腿に男特有の固いものを押し付けられれば、逃げたくなって身をよじる。しかし、そんな私の行動もなかったかのようにすぐさま服の中へと彼の手は侵入してきた。

Tシャツごと下着も上に捲られ、胸の先端を擦られる。普段されている愛撫とは違うその行為はただただ痛いだけだった。

必死に抵抗しながらでも頭の中は意外と冷静で、こんな状態でも思い出すのは悔しいことにやっぱりあの生意気な後輩だ。

やめてと懇願しても届かない声。
痛みからか頬を伝う雫。
初めて、切原に恐怖を感じた。

助けて____日吉!

「切原っ!っお前何してる……!!」
「っ!!!」
「ひ、ょ……?」

聞きなれた日吉の声に安心して体の強張りが解れる。日吉は私から切原を引き剥がすとその辺に放り投げた。派手に転けた切原は日吉を見上げると充血させた瞳で睨みつける。一触即発のその空気に私はそのままの状態で呆然とすることしか出来ない。

「日吉、てめぇ邪魔すんじゃねぇよ……!」
「馬鹿が。この合宿で問題を起こして困るのはそっちだろ?……手を出さなかっただけ有難く思え。それと、真田さんに告げ口されたくなけりゃ、とっとと消えろ」

日吉の突き放すような冷たい声をこの時、初めて聞いた。いつもクールな彼は声に感情を乗せるのが得意ではない。それなのに、彼の声からは珍しくヒシヒシと怒りが伝わってきて、怖いと思った。

「っち、どうすんだよこれ……」
「知るか。トイレで抜け」

切原は前屈みになりながらランドリースペースを後にする。日吉はまだこちらに背を向けているせいでどんな顔をしているのかわからなかったが、私は堪らずその背中に飛びついた。

「ひ、ひよ……っ日吉……!」
「……何やってんだアンタは。馬鹿なのか」

馬鹿でもなんでもいい。どんなに罵られても構わない。でも、今は、今だけは、その腕で私の事を抱きしめて欲しい。

泣き喚く私に呆れたような溜息を吐いた日吉は、こちらを向いて優しく腕の中に閉じ込めてくれる。肺いっぱいに彼の香りを吸い込めば、先程まで感じていた不安はどこかに消えた。

「鼻水、つけないでくださいよ」
「無理、もうついた」
「……」

乾燥機能が終わった機械音が部屋に響く。そういえばまだ仕事の途中だったのを思い出して仕方なく日吉から離れると、文句を言いながらも日吉はタオルを畳むのを手伝ってくれた。なんだかんだ優しい後輩に、合宿から帰ったらぬれ煎餅を奢ってあげようと心に決める。お詫びも兼ねて。
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