後編 

ずっと想いを寄せていた先輩と肌を重ねてから元々分からなかった彼女の気持ちは更に分からなくなってしまった。

俺たちの関係が変わってしまったあの日、俺がきちんと自分の気持ちを伝えられていたら、今とは違う未来になっていたのかもしれない。そう後悔しても、先輩を前にするとやっぱり自分の気持ちは1ミリも音にならなかった。

「海堂くんは私のこと、嫌い?」

あの日、先輩の肌に張り付いたブラウスを見ないように視線を逸らせば、先輩の顔までも見れなかった。どういう表情で、どんな思いでその言葉を紡いだのか、俺には知る手段なんてもうない。
だから、本気か冗談かわからない先輩の言葉に自分の本気の言葉を伝えるなんてかけ、俺には出来なかった。

「嫌いとかじゃないっす……」

必死に口から絞り出したのは自分を守る保身の言葉。
何故、好きだと言わなかったのか。
否、言えなかった。……俺は臆病だ。

それから先輩にされるがまま結局俺たちは体だけの関係が続いている。本気で拒否をすることもできるはずなのに、先輩の事を好きな俺は結局今の関係に胡座をかいている。

「なぁ、海堂。お前、夕希先輩と付き合ってんの?」

いつも通りの部活が終わろうとしていたら、突然同じ学年のやつが話しかけてくる。茶化すような言葉に俺は苛立ち、「関係ねぇだろ」と息を吐くが、しつこいこの男はどうにか答えを聞こうとなかなか離れようとしない。鬱陶しく思い、根負けした俺は認めたくない事実を述べた。

「っち、うるせえな……付き合ってねぇよ」

身体は何度も重ねたが、先輩との関係は恋人ではない。付き合っているかと問われれば、当然答えは否だ。わかっていても、自分で言葉にしてしまうと言い表せない感情が胸の中を支配した。

目の前の男は至極嬉しそうに「じゃあ俺が告白してもいいよな」という言葉を残し、先輩の方へ走っていく。その言葉に動揺して、俺はラケットを地面に落とした。

焦る気持ちを鎮めるようにゆっくりとラケットを拾い上げ、先輩の方へ視線を向けると二人が校舎裏に向かって歩いていくのが見える。なんだか嫌な予感がして駄目だと思いつつも二人の後を追った。

木陰に隠れて二人の様子を窺えば、微かに二人分の声が聞こえてくる。盗み聞きなんて我ながら情けないが、どうしても気になる俺はそのまま聞き耳を立てた。

「夕希先輩!俺、先輩のことずっと好きだったんです!……付き合ってください!!」
「ぇ、あー……その、ありがとう。気持ちは嬉しいんだけど、……ごめんね……?」

告白を断る先輩の声に内心胸を撫で下ろした。しかし、告白を終えた男は諦めるどころか先輩に食い下がっている。

「……先輩は海堂と付き合ってるんですか?」
「え!?なんで海堂くん!?……付き合っては、ない、けど……」
「じゃあいいじゃないっすか」
「な、何が……?」

校舎の壁に先輩を追い詰めた男は突然不敵な笑みを浮かべて先輩を逃すまいと手をついた。先輩の表情は困惑から微かな恐怖に変わる。盗み聞きしているのをバレたくない俺は木陰から動けない。

「俺、見ちゃったんすよね。先輩たちが部室でヤってるとこ」

背中に冷や汗が伝う。それはきっと先輩も一緒だ。目を凝らして見ると先輩の顔からは血の気がひき、口をパクパク動かして羞恥心に耐えていた。男は捲し立てるように楽しそうな声色で問い詰める。

「先輩、海堂と付き合ってないんですよね?」

言葉を無くした先輩は俯いたままこくりと頷いた。そんな先輩との距離をさらに詰め、男は先輩の顔を掴んで無理やりキスをした。まるで先輩を食しているかのような口づけに俺は思わず目をそらす。どんっという音がして再び視線を戻せば、先輩は目の前の男を突き放し、口元を拭っていた。

「やめて」
「やだなぁ、海堂ともしてるくせに。先輩、俺とも気持ちよくなりましょうよ」
「やめてってば、人呼ぶよ?」
「いいですよ?呼んだって。海堂との関係がバレて困るのは先輩の方じゃないんですか?」
「っ……」
「そんな顔しないでくださいよー。ね、ヤらせてくれれば黙っててあげますから」
「……わかった。するなら早く終わらせて。あと、中で出したら殺すから」
「そうこなくっちゃ」

俺は絶句した。先輩はなぜあいつを受け入れた。俺のせいなのか。思考回路はぐちゃぐちゃでどうしていいのかわからない。先輩から目を逸らすこともできず、足は地面に縫い付けられたようにびくともしない。
気分が悪くなってきた。

男の汚い手指が先輩の白い肌をいやらしく這う。大きな瞳に涙を溜めて、唇を噛み締める先輩の口からは嗚咽のような喘ぎ声が漏れた。その瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。

「先輩に気安く触ってんじゃねえ……!」

頭に血が上った俺は木陰から走り出し、男に殴りかかった。1発殴っただけじゃ飽き足らず、もう一度拳を振り上げれば、その手は先輩によって止められる。
なんで、止めるんすか。

「か、海堂くん……ごめっ……も、いいから……」
「よくねぇよ。泣いてんじゃねぇか」

先輩の泣き顔を見て冷静さを取り戻した俺は殴った男に向き直る。そいつは怯えた表情のまま殴った方の頬を押さえて暴言を吐きながらどこかに消えた。先輩に再び向き直り、初めて自分から小さな背中を抱きしめる。先輩は、こんなにも、小さい。

「……っ海堂くん以外に、さ、さわ……やだよぉ……」

支離滅裂な言葉で大泣きする彼女を腕の中に閉じ込めて、できる限り優しい声色で話しかけた。

「先輩、助けるの遅れてすみません……」
「だいじょ、ぶ……挿れられてないし、でも、こ、こわかった……お嫁に、行けなくなるかと思った……」
「いつも襲ってくる人の言うセリフじゃないっすね」
「だ、だって……海堂くんの、ことは、好きだし……」
「……アンタが嫁に行けなくなったら俺がもらってやる」
「へ?」
「その……俺も、先輩が、好きです」

あの日言えなかった言葉は口に出してしまえばとても呆気ない。星が瞬く双眼に近づいて、目元に溜まった涙を唇で掬った。

「ぇ、う、嘘」
「今更嘘ついてどうするんすか」
「だって、だって……聞いてない……」

いつも俺を組み敷く先輩の威勢はどこへやら。小さな身体を震わせてこちらを見つめる彼女を守りたいと強く思う。もっと早く俺が勇気を出せばよかった話だ。

「ずっと……先輩のこと好きでした」
「じゃあ、セフレじゃなくて、付き合って、くれる……?」
「最初からそう言ってくれれば……」
「わ、私は好きって言ったもん」
「そう……ですね……すみません」
「もう。いい!許す!許すから、さっき、あの子に触られたところ、触って、上書きして欲しい……!」
「ここじゃあれなんで、部活終わってから……」
「やだ!今すぐ!!」

人通りはほぼ皆無とはいえ、いつ誰が通るかもわからない校舎で求められるとは思わなかった。しかし、強情な先輩はきっと言うことを聞くまで離してくれないだろう。

諦めて、俺は先輩の柔らかな唇へと自分の唇を重ねた。いつも先輩にされていたように唇を舌でなぞれば彼女は躊躇いもなく唇を開いて俺を受け入れる。そのままぎこちない動きで歯列をなぞり、互いの唾液を交換する。一頻り口内を犯して離れれば、先輩の方は酸素を求めて大きく弾んでいた。

「どこ、触られたんすか」
「ここと、ここと……あと、ここも」

彼女は自らブラウスのボタンを外し、俺に見えるように自分の身体を指で示した。示した場所に俺は唇を寄せ、赤い印を咲かせていく。

「んっ……くすぐったい……」

先輩の声が徐々に甘さを帯びていき、無意識のまま俺を煽れば今まで触れなかった分彼女に触れたいと思った。ブラウスの隙間から覗く淡いレースの重なりにそっと手を忍ばせる。すると、彼女は先程よりも大きく身体を弾ませ俺の背中に腕を回した。

「ねぇ、薫。触って……」
「名前……」
「やっと付き合えたんだもん。私の事も名前で呼んでよ」
「……夕希」
「うん、早く触って。薫」

生まれた時から変わらない何の変哲もない自分の名前が彼女の声に乗せられるだけで甘美な媚薬となって俺の脳内を溶かす。

レースの重なりを上にずらし、現れた桜色の頂きに壊れ物を扱うかのように丁寧に、繊細に触れた。次第に自制が効かなくなって、形が変わるほどの力で彼女の乳房を揉みしだいてしまう。

「ん、薫……も、いい……から、は、早くっ……きて……?」
「煽んじゃねぇよ……手加減出来なくなるだろ」
「ふふ、いいよ?激しくして……?」

手加減出来なくなるなんて嘘だ。もうとっくに手加減なんて出来てない。彼女の柔らかい太腿に手を這わせ、下着をずり下ろして中心に触れる。そこは慣らす必要なんてないほど充分に濡れていた。
早く挿れたい俺はハーフパンツごと下着をずらして彼女の右足を持ち上げ、そのまま一気に奥まで突き上げた。

「んぁっ!っ、い、いつも……より……おっきぃ……」
「夕希、声、抑えろよ……」
「無理かも……ね、口塞いでよ」

そう言うと不敵に笑う彼女は突然俺の唇を彼女の唇で塞いだ。いつもの啄むような口付けに俺は理性が溶かされ、彼女の最奥を目掛けて激しく腰を打ち付けた。

乾いた肌のぶつかる音と荒々しい互いの呼吸が興奮を加速させる。いつもと違う環境のせいか、進展した関係のせいか、自身の限界がすぐそこまで差し迫っていた。

「っ、出る……ッ!」

独り言のように呟き、彼女から自身を引き抜いた途端、彼女の太腿に白濁とした俺の欲が飛ばされた。

「うわ、ベトベト……」
「これで、拭いてください……」

自分の長袖のジャージを先輩に渡した。先輩は最初断る素振りを見せたが、他に拭くものもないため渋々受け取って太腿の上を滑らせた。

「先輩、すみません……」
「あ、また先輩呼び!それに敬語も!!次やったらお仕置するからね?」
「……悪い、その、身体は大丈夫か。自制出来なかった」

頭に血が登ったように彼女を荒々しく抱いた俺は謝る資格なんて無いかもしれない。それでも、彼女の身体が心配だった。

「大丈夫。でも、その、ちょっと休んでからしか戻れなさそうだから手塚に伝えてくれない?」

困ったようにへらりと笑う彼女に頷くと遠くてチャイムの音が聞こえた。まずい。部活をサボってしまった。

「時間的にもう多分部活終わってるぞ」
「あ、やば……これは怒られるやつ……」
「とにかくここで待っててくれ。すぐ戻る」

その後手塚部長に謝罪を入れ、明日の部活で校庭100周を約束して先輩の元に戻った。もちろん小脇に先輩と俺の荷物を抱えて。

それから先輩を家に送る途中、昨日までなかったむず痒い雰囲気に包まれる。それがなんだか優しくて温かい気持ちになるのがやっぱりむず痒い。それが嬉しいなんて思う俺自身も、どうかしている。

でも、そんな格好悪い自分の体裁なんてどうでもよくなるほど、心も体も目の前の女を求めてしまう。

END
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