外巧内嫉 

目の前の城のように聳え立つ大きな建物は今日から1泊2日のテニス部合同合宿でお世話になるホテルだ。主宰である跡部の傘下にあるホテルというだけあって立派過ぎるほど立派な建物に思わず引き笑いが出た。

「うっわ、さすが跡部。これ合宿所とか頭おかしい……3年目だけど慣れないわ……」
「頭がおかしいだと?聞き捨てならねぇな。アーン?」
「ごめんってば」
「跡部にこんなこと言える女の子夕希ちゃんくらいだよね」

やるねーと茶化す滝くんを受け流してけらけらと笑いながらいつも通りに跡部と会話をする。後輩との肉体関係を持っても好きな人の前で普通に過ごしている自分に心底呆れたが今はそんな気持ちを少しでも跡部に悟られたくなかった私は考えるのをやめた。

集合時間30分前に着いた私たちはさっそく荷物を持って大広間へ向かう。
当たり前だが我もの顔で突き進む跡部の後ろに着いて行くと大広間の扉が見えてきた。ホテルマンたちが扉を開いた先には既に黄色いジャージを着た先客が整列している。相変わらずの到着の早さに私たちは苦笑いを溢しながら挨拶をするとそれに気づいた彼らが振り向き、すぐに視線は交わった。

「氷帝も青学もたるんどる!」
「弦一郎、まだ集合時間には幾分か早いぞ」
「ふふ、真田はせっかちだからね」
「俺ら2時間前に出た意味あるんスか……?」
「遅いより早い方がいいだろ」
「そうですよ、招かれられたというのに遅刻するなど有り得ません」
「ふあぁ……眠いぜよ」
「俺は腹が減ったぜぃ」

マイペースな彼らは挨拶を返した後、仲間内で思い思いに会話を始めた。さっきまで眠そうに目を擦っていた芥川は丸井の声が聞こえた途端嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄っていく。集合時間までまだ時間があるため私も芥川を追うように立海の元へ歩みを進めた。

「久しぶりー」
「あ、夕希さんじゃないっすか……!!会いたかったっす!!」

黒いワカメヘアーを揺らして飛びついてくる切原に「私も!!」と両手を広げて抱き留めた。私より高い背を屈めて引っ付いてくる彼の頭を撫でてあげればこの後輩は完全に大型犬だ。日吉もこの位可愛げがあればなぁ。なんてぼんやり考えていると突然首根っこを掴まれて切原との距離が開く。振り返った先には眉間にシワを寄せてあからさまに不機嫌な態度を示す日吉の姿があった。

「うわわっ!!何すんの!?え、……日吉?」
「みっともないのでやめてください」
「あ、日吉てめぇ!!夕希さん離せよ!!」
「そーだそーだ!!私を離すんだ!!」
「はぁ……」

ため息と同時にぽいっという効果音が聞こえてきそうな投げ方をされた。解せぬ。
制服を整えて切原に向き合えば、立海の部長がいつの間にか切原の横にならんでいた。

「やあ、五反田さんは相変わらず後輩たちからもモテモテだね」

花が綻ぶように微笑む彼の笑みは宗教画を彷彿とさせる。しかし、真意のわからない発言にどう返事していいのかわからず愛想笑いを浮かべると彼は私の頬に手を添えた。触れ合った肌が熱を帯びる。

「君みたいな優秀なマネージャー、俺たちも欲しいよ。どう?今からでも立海に転校してこないかい?歓迎するよ」
「いいスね!!幸村部長いいこと言う!!」
「ゆ、幸村くんでも冗談言うんだね……!冗談でもそんなこと言われたら照れちゃうな、赤也くんも、ありがとう」
「冗談で言ってるつもりなんてないんだけどなぁ」

相変わらず私の頬に添えられた手にどうしていいか分からず、幸村を見つめると紺色の双眼が私を射抜いた。それだけのことなのに私は動けなくなってしまう。まるで蛇に睨まれた蛙だ。やっぱり、幸村は少し怖くて苦手だと思った。

「その辺にしてくれませんかね」

突然の助け舟に身体の強張りが解れる。相変わらずこれでもかと眉間に深くシワを刻みこんだ日吉が幸村の手を払い除けた。幸村は静かに微笑んでいる。え、何これ怖い。

「おやおや、そうだった。五反田さんにはボディガードがいたんだったね」
「……うちのマネージャーは冗談を鵜呑みにしますからからかわないでやってくれませんか」
「ぇ、やっぱり私からかわれてたの!?」
「うーん、本気なんだけど上手く伝わらないなぁ。今回はそういうことでいいよ。じゃあ、またね」

そう言うと幸村は軽い足取りで真田の隣へと歩いて行った。切原は相変わらず私の腰に手を回して後ろから抱きしめる体勢をとっている。

「おい、切原離れろ」
「嫌なこったー!日吉に関係ないだろ!!」
「迷惑だ」
「夕希さん、迷惑っすか……?」
「全然!!いいよー!!」
「へへーん!残念だったな!!」
「……もう勝手にしろ」

子犬のような瞳で見つめられて迷惑だなんて言えるはずない。そもそも、後輩という生き物が大好きな私にとって切原は貴重な存在だ。日吉は全然甘えてくれないし。それこそ氷帝に連れて帰りたいくらい切原を気に入っている。滅多に会えない分、事ある毎に連絡を取り合うほど切原とは仲が良いのも事実だ。それはさておき、あからさまに日吉から黒いオーラを感じて少し申し訳ない気持ちになった。

「ひよ……」
「すまない、出遅れたようだな」

謝りたくて後輩の背中に声をかけようとするが、不完全な音は青学部長の凛とした声にかき消された。間も無く跡部の号令が響いて渋々氷帝のところへ戻る。近くにいた日吉の肩を叩くも完全に無視されてしまった。これは長引きそうだ。

仕切るのが好きな跡部はすでに用意されたステージへと上がり、合宿の趣旨や詳しい内容について説明を始める。日吉への謝罪は後回しにして、氷帝のマネージャーを背負ってこの合宿に参加している私は跡部の声を聞き漏らさないように集中した。

合宿の日程は以下の通り。

〔テニス合宿日程表〕

合宿1日目
11:00 オリエンテーション
    部屋割り・チーム割りの発表
12:00 昼食
13:00 チームに分かれて練習
16:00 自主練
18:00 夕食
風呂(大浴場解放時間 18時半青学、19時氷帝、19時半立海、20時女子)
自由時間
11:00 消灯

合宿2日目
06:00 起床
07:00 朝食
08:00 荷物整理
09:00 総当たり戦
15:30 解散

〔部屋割り〕

201号室_ 手塚、不二、河村、海堂、乾
202号室_ 大石、菊丸、桃城、越前
203号室_ 忍足、向日、滝、日吉
204号室_ 宍戸、芥川、鳳、樺地
205号室_ 幸村、柳生、仁王、柳
206号室_ 真田、桑原、丸井、切原
207号室_ 堀尾、加藤、水野
301号室_ 五反田、竜崎、小坂田

〔チーム割り〕

Aチーム:リーダー 跡部
不二、河村、桃城、向日、芥川、柳、仁王、桑原

Bチーム:リーダー 手塚
菊丸、海堂、忍足、鳳、樺地、真田、切原

Cチーム:リーダー 幸村
大石、乾、越前、宍戸、日吉、柳生、丸井


個人的には2日目のチーム総当たり戦が楽しみなところだ。
渡されたレジュメには丁寧にチーム割りと部屋割りまで明記されていた。

学校ごとに2部屋とマネージャー枠が男女1部屋分けられているらしい。跡部は流石というか、やっぱりというか……1人部屋だった。

私は青学の可愛い女の子2人と同じ部屋ということで浮き足立ってしまう。
もう一度言うが、私は後輩が大好きだ。女の子の後輩なんてもう、めちゃくちゃに甘やかしたい!そんなことを考えていると、いつの間にか説明が終わったため学校ごとに移動が始まった。

「あれ?今から何だっけ?ご飯?」
「おいおい、マネージャーなんだからしっかり話は聞いとけよな!今から部屋に荷物置いて、そっから飯!!」

得意げに説明してくれる向日に手を合わせて拝むと更にドヤ顔が帰ってきて少しむかついた。

私は渡された301号室のルームキーを手に、可愛い後輩との出会いに足を弾ませて氷帝メンツとエレベーターに乗り込んだ。

しばらくして3階に止まれば、エレベーター内は私1人だった。男子は2階をワンフロア貸し切りにするらしい。まぁ、騒がしくなるだろうし妥当だよね。

エレベーターを降りてすぐ確認できた2人分の人影に慌てて駆け寄る。長い三つ編みの柔らかな雰囲気を纏う女の子と、ツインテールの少し勝気な女の子は私の姿を見つけると丁寧に自己紹介をしてくれた。うん、いい子達だ!!

「あ、あの……はじめまして。青学からお手伝いで来ました。竜崎桜乃って言います……!よろしくお願いします!」
「はいはーい!私は小坂田朋香って言いまーすっ!私もお手伝いで青学から来ました!!よろしくお願いしますっ!」
「じゃあ、私からもはじめまして!私は氷帝3年でテニス部のマネージャーをしています、五反田夕希です。2日間一緒に頑張ろうね!」

精一杯の笑顔を向ければ彼女たちも緊張がほぐれたように笑顔になった。すぐに部屋で荷ほどきをして他愛もない話をすれば、まるで以前から知ってたかのように一気に距離は縮まる。見た目だけじゃなくて性格も可愛い彼女たちと一緒の部屋になれてラッキーだ。

そのまま一緒レストランスペースに行き、ビュッフェ形式の高級な料理に舌鼓すれば日吉が不機嫌だったことなんてすっかり忘れて彼女たちとのお喋りに花が咲いた。
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