授業が終わったのとほぼ同時に教室を飛び出し、そのまま廊下を駆け抜ける。一つ目の角を曲がったところで振り返ってみたが、誰かが追いかけて来るような気配はなかった。

(……何、やってるんだろう、私……)

私はため息を零し、どうにも拭うことのできない罪悪感を胸に職員寮へ帰ったのだった。



好きだ
ずっと隣りにいてくれないか


どうやら困らせてしまったようだな
すまない



違う。違うの。あなたは悪くない。
私が――



「……っ!――夢、か」

今見た夢のせいか、ずしりと重い頭に気づかないフリをしてベッドから起き出し、クローゼットに向かう。今日は土曜日で学校は休みなのだが、所属する図書委員会が蔵書点検を行うため、登校しなければならないのだった。

最後にリボンをのろのろと結び身支度を済ませる。携帯をチェックすると、留守録が二件入っていた。どちらもあまり記憶にない番号だったが、とりあえず新しいものから再生してみた。

「…………………………そういうことは早く連絡してくださいよね」

『蔵書管理システムに不備が見つかったため、本日の点検は来週に延期します』という委員長からのメッセージに思わず携帯を投げ出したくなったが、まだ一件伝言が残っているのでどうにか踏みとどまったが。

「んん?なんでこんな早い時間に……、」

最初の伝言が録音されたのは今朝の5時頃。現在時刻はもう10時に近いので、だいぶ待たせたことになる。心の中で謝りながらメッセージを聞く。

「……………………………………っ!!!」
再生が終わるや否や私は部屋を飛び出し、全速力で学園前の停留所に向かう。祈るような思いで辿り着いたそこには、ちょうどバスが来ていた。

「の、乗りますっ!!」

なんとか滑り込めた車内で息を整えながら、私はもう一度さっきの留守録を思い返していた。

* * *

「あ、ありがとうございました!!」

目的地の近くに停車したバスから転げるように降り、再び全速力で走り出す。

五分ほど走り続けて、ようやくそれらしい場所が見えてきた。古めかしく、重厚な造りの大きな和風建築物。市立の弓道場だ。

焦る気持ちを抑えながら進むと、そこかしこに袴姿の人たちが現れ始めた。時折遠くから歓声が湧き上がる。

今日はこの道場で弓道の市民大会がある日だった。

大勢の選手(ほとんどが近隣の高校生だった)の間を縫うように進み続ける。やがてひときわ人だかりができている場所に出た。道場の出入り口だ。入ってすぐの壁にトーナメント表や各選手の結果が書かれた紙が貼られているからだった。

男子の部がもうすぐ始まるということもあり、出入り口付近の平均身長は高い。だが、背伸びしたりその場でジャンプしたりしてどうにか中の様子を探ると、発見することができた。

「……あっ、……宮地―――――!!」

私の叫び声に、それまでかなりの賑わいを見せていた玄関が一瞬静まり返ったが、自分には関係ないと悟った人たちはすぐにまたそれを取り戻した。

この状況で声が届いているかどうかは分からない。でも、伝えたいんだ。

「宮地!!私、ちゃんと見てるから!だから…っ、だからしっかり的を目指してっ!!」

自然、涙が出てくる。けれど俯くわけにはいかない。声が枯れても構わない。とにかくそれだけは伝えたかった。私がついているということを、知ってもらいたかった。

後から後から流れる涙を乱暴に拭っていると、玄関の向こう、ほんの一瞬だったが、確かにそれは見えた。

金茶色の髪の青年が、握り締めた右手を空中に掲げたのを、私は見逃さなかった。


――そして、市民大会の結果は――


* * *

「個人優勝おめでとう!!」

夕日を反射してより強い黄金色を発するトロフィーを抱える宮地に抱きつく。

「あ、ああ、ありがとう。……みよじのおかげだ」

個人戦、団体戦の男女ともに上位を星月学園が独占するという素晴らしい結果で幕を閉じた今回の市民大会。つい先ほどあった全体会(私は部員ではないので少し離れて眺めていた)でも『夏に繋がる良い試合になった』と絶賛だった。

そして今、全体会も終わり部員各々が帰宅を始めた中で、宮地を呼び出したのだった。

「まさか、来てくれるとは思わなかった」

その、宮地の言葉の裏にあるものを即座に理解して、体を固くする。

「……電話、といっても留守番なんだけど、木ノ瀬くんが遣ってくれたのだけれど、その頃からだったという。宮地の射が微妙に変化したのは。

的に矢は中るのだが、軌道が真っ直ぐではなかったという。私には専門的なことは分からないが、心の迷いや惑いの表れではないか、と木ノ瀬くんは推測を立てていた。

「……あいつそんなことを……」

何やら不穏な空気を察知した私は、体を離して否定する。

「あああのね、怒らないであげて?木ノ瀬くんは先輩思いの良い後輩なんだよ!……それにね。私、気づいたの」
「気づいた?何にだ?」
「……自分の気持ちに」

宮地が息を飲み、体を強ばらせるのが分かった。私も同じく体に力が入る。こんなに緊張するのはいつぶりだろう。

「私、――あなたのことが、宮地のことが好きです。この一週間であなたのことを考えない日はなかった。いつでもあなたが私の心の中にいたんです」
「……みよじ、」

きゅっと、汗で冷たくなった指先を握りしめる。最後までちゃんと伝えろ。自分の気持ちを伝えろ。

「……私と、っ…」

ふわり、抱きしめられる。最初は躊躇いがちに。次第に力強く。私も宮地の背中に腕を回した。

「…好きだ、みよじ。好きなんだ…!」
「…うん、…うん!」


肩に感じる温もりが、とても愛おしかった。


変わらぬ正義はただ優しく微笑



それはずっと心の中に在ったんだね
















あとがき
『星に願いを』様に提出。

夢主はしょっちゅう学園の道場に顔を出しており、ほとんどマネージャーに近い存在、という設定でした。

おそらく梓は「宮地先輩の不調が始まった時期とみよじ先輩が道場に顔を見せなくなった期間が一致しているんですが。ちゃんとけじめをつけてくださいね」とかなんとか言ったのでしょうたぶん(…)

キューピッドか。射手座だけに←

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。



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