「おい、伊作」
この予算についてなんだが、

保健室の引き戸を開けると、伊作が薬を煎じているところだった。
男にしては細い指の間から、さらさらと白い粉末が零れ落ちる。

「なんだ、それは」
「あ、文次郎」

舐めてみる?と声がして、いや遠慮しておく、という前に粉のついた指先を口内に突っ込まれた。とたんに苦味が広がって、思わず顔をしかめる。

「なんだこれは!」

ぺっと差し出されたチリ紙に唾を吐き出すと、それはね風邪によく効く薬だよ、と笑われた。

まったくなんてことしやがると文句を言うが相手にされず、ああそうこれはね、と頼んでもない説明を垂れながら、伊作が薬棚から似たような白い粉末を取り出した。
また風邪薬かと聞けば、ふふ、はずれ!とやたらに楽しそうな声がした。


「これはね、人を殺す薬なの」

果たして伸びてきた指が、唇に触れる寸でのところで掴み止める。
掴む指先に力を込め、無言で睨む。
にや、と不気味に笑う表情に、背筋が凍った。

「あはは、なんちゃって」
すぐにいつものへらへらとした笑い顔に戻って、冗談だよと流された。


俺は、こいつのこういうところが苦手だ。

この善法寺伊作という男は、さも当然のように人の命を救い、救ったその手で、なんでもないように人を殺すのだ。

へらへらと笑い続ける男の顔に、予算の改定案を投げつける。
何するのさ!と喚くのを放って、部屋を出た。

後ろ手に引き戸を閉じ、気付かれないようにゆっくりと息を吐く。乾いた唇を舌で薄くなぞった。

口の中には、未だ薬の苦さが残っていた。


/賢者の指先は濡れている