「七松先輩は、どうしてあんなにお強いのでしょうね」

いけいけどんどんと走り回る小平太をみて、半ば呆れたような口調で滝夜叉丸が話し掛けてきた。
滝夜叉丸は端からこちらの反応など期待していなかったようで、あーあ、あれじゃあ金吾がばててしまいます、とひとり苦笑していた。

「…それはあいつがいっとう、臆病だからだろうな」
もそり、と呟いた言葉は滝夜叉丸にはうまく聞こえなかったらしく、はあ、と曖昧な返事をして小平太のもとへと走っていった。

滝夜叉丸も交えていけいけどんどんと駆けていく小平太の背中を見つめる。きっとわたしのほか誰も知らないのだ、彼がとんでもなく臆病だということを。


彼がいつもいけいけどんどんと叫んでいるのは自分の断末魔を頭のなかから掻き消すためで、どこまでも走り続けるのは死ぬときはもっと苦しいんだぞと自分を戒めるため。彼が強いのは、ただひたむきに死にたくない、とそう想うからなのだ。


一見して夜叉のように見える戦場での彼の姿は、一枚皮を捲れば手負いの猫か犬のような危なっかしさしかない。忍務のあとの彼はいつも泣いていた。よかったまだ生きていると喜び泣いて、明日にでも死ぬかもしれないと怯え涙する。そのときの彼のちっぽけな背中を知っているのは、多分世界中探してもわたし一人なのだ。


あいつはいっとう、臆病だからな


呟いた言葉は誰にも届かない。それでいいのだと、ひとり目を伏せた。


(猛獣使いの独白)