隣に越してきた聖さんのお宅はとてもにぎやかだ。ある日は動物が押しかけてきたり、ある日は松田さんが押しかけてきたり、ある日はテレビ局の集金が押しかけてきたりと、きちんと代金を納めている我が家とは比べものにならない騒ぎである。東京にきて初めての一人暮らしをする私としては、それもそれで、すこし羨ましかったりするのだが。

 とんでとんで、また別のある日のこと。ホームセンターで買ってきた観葉植物をいかにすばらしく飾って見せるか、私はアパートの廊下で一人うんうん唸っていた。松田さんに文句を言われたら、と不安もちらりよぎったけれど、聖さんたちなんてこの間堂々と廊下で散髪していたし。植物くらいなんてことないだろう。それにしても、あの髪の量はすごかったなあ。

「主は、あなたと共におられます」

 かつんかつんと、階段の音がしてるのには気づいていた。いつの間にやら梯子の隙間からじっとこちらを伺う目が八つ、いや四組あるとは思わなかった。色とりどりの頭にもぎょっとしたが、登場のしかたも心臓に悪い。「う、うへえ」なんていう情けない声を返答と受け取ったのか、四人の中でも特に小柄な男の人が歩み出た。「こんにちは」さっきの不思議な呪文の発信源は、この人だ。

「みょうじなまえさん、でよろしいですね」
「はあ」
「イエスさまのご友人の、みょうじなまえさんでよろしいですね」
「イエス……ああ、はい、お隣の聖イエスさんなら知ってますけど……」

 我ながら、なんとも歯切れの悪い返しだったと思う。おかげで後ろに控えていた内の一人の威圧感が格段に増した、ような。けれど目の前の橙髪さんは気にした風もなく、髪色にぴったりの晴れやかな笑顔を見せた。それから私の両手をがっと掴んで、どこからか取り出した箱を無理やり抱えさせられた。おかしいな、この人たちスーツ一着にしか見えないのにな。

「これを!」

 ぐいんと、腕を引かれて危うく頂いた箱が落ちそうになった。距離が近い分、橙さんの瞳のまぶしさがいっそう顕著になる。

「イエスさまたちにお渡しください! そして食事の席にどうぞお上がりになってください! そして我ら大天使がイエスさまをどれだけ思っていたのかを! 絶対に、お伝え頂ければと!」

 よろしくお願いします!唱和をまるで聖歌に変えた彼ら四人は、すぐに階段をかけ降りて一切合切姿を消した。
 よくわからないけれど、聖さんちのイエスさんには熱烈な親衛隊がいるらしい。



(すてきなマジョルカ唱えましょ/130824)


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