「いいなあ、エネちゃんは」

 机の上に放置されていたスマートフォン。普通は、持ち主がその場にいなければ、引け目を感じて触ることすらできないもの。けれどこの機体は特別だ。持ち主がいなくとも、中の住人が勝手に動いてくれるのだから。

「どうしましたか、なまえさん。いまになってようやく私の可愛さに気づきましたか!」
「エネちゃんが可愛いのは、前から知ってるよ」
「やだ、真面目に答えないでくださいよ恥ずかしい!」

 画面の中を自由に泳ぐ青い女の子。チャームポイントのツインテールを揺らし、無邪気に笑い転げている。シンタローくんの予想では、彼女はきっとバグに犯された人工知能だとか云々。とは言うものの、アジトのみんなもシンタローくん自身も、彼女が「生きてる」ようにしか思えないのが現状だ。
 現にこうして、私と他愛ない会話を繰り広げている。最近導入された携帯のお喋り機能とは、全然違う滑らかさで。エネちゃんは、疑問だって簡単に抱けてしまうのだ。

「しかし、私の可愛さが羨ましいわけでないなら、他に羨む要素なんてありますか? ネットサーフィンならあなたでもできるでしょう」
「いやあ、なんて言うか。ちょっと口にするのは恥ずかしいかなあ」
「はっ、もしかしてなまえさん。ご主人と同じように二次元に飛び込みたい願望があるのでは」
「うん、まあ、それはなきにしもあらずだけど」
「なまえさん、なまえさんお気を確かに! 私のようにパソコンに入れたとしても、相手は薄っぺらい紙型です。立体ではけしてありません!」

 わあわあとボリュームを最大にして、エネちゃんが騒ぐ。よほど悲しい目にでもあったのだろうか。説得する姿はやけに危機迫っている。「まあ、それは冗談だけど」慌てて訂正すれば、けたたましく鳴っていたサイレンが大人しくなった。私も彼女も、ほっと一息ついた。

「なまえさんってば、お茶目にもほどがありますよ!」
「ごめんね。半分本気だった」
「なまえさん!」
「ごめんごめん、怒らないで」

 膨れっ面になる彼女を、画面ごしに撫でてみる。いまどきの携帯は、タッチで操作が当たり前だ。その中にいるのだから、エネちゃんはもちろん、嬉しそうにほころんでくれる。本当に、指の感触があるのかは怪しいが。
 それを思うと、生身である自分は十分幸せなのだろうけれど。置かれた環境について考えると、ため息をつかずにはいられないわけで。

「あーあ。私も、一日中シンタローくんと一緒にいたいなあ」

 手中のそれが、氷のように冷たくなる。驚いて画面を覗いたら、元々色白のエネちゃんが、髪と同じくらい青く染まっていた。ぎょっとせずにはいられない。
 わなないた青い唇が、ぼそり、なにかを呟いた。「え?」あまりにも小さいそれを、どきどきしながら聞き返す。その瞬間。

「なまえさん、お気を確かに!」

 けたたましいサイレンが、涙ながらに響き出す。どこからか飛び込んで来たシンタローくんは、ひどい滝汗を流していた。


(121217)
(続き物から短編へ移動/130809)


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