昔から、妙なものを見るのは得意だった。

 縁の下を走る小さな鬼たち、人に紛れて界隈を練り歩く川獺なんかならまだ可愛い。人になりきらず金をせびる狐たち、あちらこちらから腐臭を漂わせる死霊の類い、そんなもんに出くわした日には口を引き結んで必死の知らん顔。幼い頃には怖がり騒いで逃げ回ったもんだが、こういう出会いは逃げたが負けだ。恐れた方が興味をそそる。そう学んだのは影縫いからなんとか生き延びた十四の頃で、以降私は妖を避け堪える術をこさえていった。それもこれも和尚さまのおかげだ。ついでに申せば、妖にふり回されろくな働き口もなかった私が、いまや奉公先で安寧と暮らしているのも。全てが彼のおかげである。

「なまえや、どこにいるんだい」
「へえ若だんな、私はこちらに」

 床ぶきの雑巾を桶に放って、前掛けで手をぬぐう。曲がり角から顔を出せば、小鉢を片手に若だんなが笑った。「よかった、探していたんだよ」あいた方の手でちょいちょいと、招かれるままに部屋へ向かうと渡されたのは真新しいれんげ。思わず眉を下げる。

「またですか、若だんな」
「後生だよ、なまえ。動いてもいないのに、こんな量食べきれるわけないだろう」
「なら正直にそう仰ればよいのでは?」
「何度も言ったさ。けどその度にやれ風邪だやれ新薬だと仁吉や佐助がうるさいんだよ。粥じゃあ鳴家たちは手伝ってくれないし……頼りになるのはお前だけなのさ」

 おずおずと寄越される小鉢を抱えて、苦笑を一つ。体がめっぽう弱い若だんな、もとい一太郎さまには十分な量でも、私らからすれば四口ほどで終わってしまう粥である。ここで手を貸せば彼は救われる。代わりに私が叱られる。いくら口止めしようとも、先ほどから天井でやかましい小鬼たちは一連の出来事を二人の手代に告げるだろう。下位が上位へ従うのは妖とて同じこと。
 もちろん、人の世でも当たり前。

「……わかりました、今回だけですよ」
「ほんとうかい?」
「ええ。ですが、次はありませんからね」
「それを聞いたのはもう何度目か思い出せないが、わかったよ。ああ、ほんとうにありがとうねえ」
「若だんなのためにございますから」

 鉢を卓に乗せ、深々と座敷に頭をたれる。若だんなは慌てた様子で「頭をあげてよ」と騒いだが、伏した私がこっそり怯えてることなど気づくまい。
 どうしましょうか若だんな。襖の向こうに見える人影は、きっと仁吉さまではございませんか。



(娑婆気/130421)



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