追いかけていた背中が、見えなくなった。

 このなにもない広野で見失うなどありえない。彼の優れた身体能力のおかげか。はたまた、私の目がよっぽど悪いのか。悩んだところでわかるはずもなく、諦めて一歩踏み出したらガクンと傾く体。
 足場が、なかった。

「っていう夢を見たんです」
「なんだ夢かよ」
「ラッキーなことに、落ちる寸前で目が覚めました」
「そのまま落ちて頭ぶつけりゃもっと面白かったのにな」
「先輩ってほんと最低ですよね」
「なにおう!」

 事実だと思うのだが、ぐりぐり拳骨を押しつけられる意味がわからない。反撃に伸ばした手は宙をかくだけで、にやにやといやらしい顔が見下ろしてくる。リーチの差なんて埋めようがないじゃないか。

「ばーかばーか、シャル先輩のへそフェチ。へんたい!」
「へ、っそ……ってお前のほうがへんたいだばか! 大声でそんな卑猥な単語いうな!」
「どこらへんが卑猥なのかさっぱりです」
「同感スね」

 ふっと頭の痛みが遠のいた。同時に先輩は宙ぶらりん。点になった目はみるみるつり上がって、私の背後を睨み付ける。顔を上げなくてもわかる。私が、夢の中まで追いかけていた相手なのだから。

「マスルール、離せ!」
「ありがとうマスルール、助かった。そのまま投げちゃえ!」
「ばっ、なまえお前先輩相手になんだその意見!」
「先輩……男には、やらねばならぬ時があるのです。飛んでください」
「お断り、うわっ」
「え、わっ」

 たくましい腕が腹に回って体が浮く。慌てて隣を見れば、同じく俵状態のシャル先輩。なにごとだと、真ん中の赤髪に揃って問いかければ、彼はのしのし歩き始める始末。混乱する頭で脱走を試みるも、彼が相手では意味がない。

「もう、なんなのよ!」

 腹いせを兼ねて力いっぱい背中を叩く。すると回っていた腕の圧迫が増した。みしりと、背骨が軋む。そして止めの一言が私と先輩の耳に突き刺さる。

「ジャーファルさんが、探してるみたいだったんで」

 なるほど、地獄コースへのご案内か。



(まぎ/130420)


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -