「腹へった」

 うだる閃に張り付かれて、私はフライパンをいじるのを止めた。これじゃあ身動きが取れないし、もしもの時を考えても、危ない。

「閃、離れてくれないとご飯作れない」
「え、ちょっと、晩飯抜きとか勘弁しろよ」
「そうならないためにも、離れてって言ってるの。お前の耳は飾りか」
「残念だったな。俺の耳は本物だ。しっかしあんた、もっと痩せた方がいいんじゃないの。副長の腰さわってみ? すげえ細えから」
「お黙り中坊」

 腰に回った腕を強くつねってやれば、背後から短い悲鳴が上がる。馬鹿だとか暴力女だとか騒ぎ続けるわりに、一向に離れようとしない。矛盾してるなあと思いつつ、少しだけ可愛く感じてしまう私も相当かもしれない。
 小さく吐息を漏らして、口元に手を添える。

「ちょっと秀ー、この子引き取ってー」
「はーい。ほら閃ちゃん、邪魔しちゃダメだよ」
「おっ?」

 べり、と腹回りから剥がれる温もり。その分、体に自由が利く。ついでに気分も軽くなったので、後ろの秀に笑いかけた。

「ありがとー、秀」
「どういたしまし、ててて! 痛い、痛いよ閃ちゃん!」
「何すんだよ、秀のくせに! 生意気だぞ! 離せ!」
「だって閃ちゃんお料理の邪魔す、痛い!」
「あー秀、悪いんだけどそのまま閃のこと連れてってくれる?」
「うん、なんとか頑張る」
「ふざけんな、離せ!」

 そう叫んで暴れる閃を、秀はなんとか引き摺っていく。何度こめかみに長い爪をさされようと、何度涙で視界が滲もうと。秀は一生懸命、閃を部屋から連れ出してくれた。今日の彼の晩御飯は、特別大盛りにしてあげよう。

「そうだ、閃ー」

 少し声をはって、扉に半分隠れた少年を呼ぶ。苛立ち全快で、なんだよ! と叫び返す彼は、この業界の中で一番年相応なんじゃなかろうか。

「大人しく待ってたら、にんじん抜きにしてあげるからね」
「……ふんっ」



食事当番のお膝元


(110617)


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