カクが疲れたを口にすることは少ない。いつでも軽やかに笑って、今日もいい仕事をしたと胸を張って帰路につく。
 夜の月に照らされても、表情のまぶしさは変わらないもので、ついついあちこちの店をつれ回してしまうのだが。本当は、翌日に響くのではなかろうか。迷惑極まりないと、内心では項垂れいるのではなかろうか。不安になって立ち止まると、数歩先に進んだカクが不思議そうな顔をした。

「どうした、次の店には行かんのか」
「今日はそろそろ帰ろうかなって」
「……珍しいな?」
「だって明日、私は非番だけどカクは出勤でしょ。たまには休みもちゃんととらなきゃ、」

 ふいに、右手が包まれた。
 ぎょっとして顔を上げれば、柔らかく細められた視線とかち合う。手から染み込む温度にじわりじわりと侵食されて、一歩、うしろに後ずさった。

「お前さんの都合ではないわけじゃな」
「あ、うん、まあ」
「ならよい。もう一軒向かうとしよう」
「でも、カク」
「明日会えぬ分、今日を堪能したいんじゃ。だからな、もう少し付き合ってくれんかの」

 な、と傾いだ顔は決して有無を言わせぬものではなくて。手をふり払うことも簡単にできたはずなのに。頷きついでに俯くくらいしか、いまの私にはできやしなかった。



(op/130226)



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