「へえ、サイタマさんヒーローじゃなかったんですか」

 聞かされた話を要約すると、彼はわかりやすく落ち込んだ。普段がたんたんとしているだけに面白い。もう一度、今度は悪意を込めて「ヒーローじゃなかったんですかあ」とにやけたら、耳元で冷たい機械音がした。

「先生を侮辱するな」
「ジェノスくん? あの、なんだか私すごく身の危険を感じるんですが」
「おいジェノス、家壊すなよ」
「はい先生」
「民間人より家が大事かこのハゲマント」

 止んだはずの機械音が再び回転を始めたので、慌てて両手を上げて降参のポーズ。サイタマさんは、相変わらず感情のこもらない声で制止をかける。それでもたらされる安心感の大きさと同時に、ジェノスくんの恐ろしさを実感する。彼のサイタマさん至上主義は、もはや病気といっても過言ではない。治る可能性は、零だ。

「にしても、今どきヒーロー名簿のこと知らないなんて。サイタマさん、世情に疎いにもほどがありますよ。ニュース観てます?」
「観てる観てる。災害情報を重点的に。つーか知ってるなら教えてくれりゃ良かったのに」
「だってえ、私だけのヒーローでいて欲しくてえ」

 文面にするならかっこわらいがきっと付く。下手な棒読みにサイタマさんはもはやスルーだ。けれど律儀なジェノスくんは、無言ですっと目を細くした。もともと半端ない威圧感が、急な上昇を見せた。
 非戦闘員であり、単なる民間人でしかない私にはとても辛いものがある。つい顔をそらすも、片手で両頬を挟まれる。無理やり交わされた視線に、背筋が伸びた。南無三。

「聞き捨てならないな」
「いひゃ、あほへふへ、ふぇほふふん」
「日本語にすらなってねえ。おいジェノス、かわいそうだから離してやれよ」
「すみません先生、これは俺とこいつの問題なので」
「ん、そうなの?」

 私の代わりに、きょとんと首を傾げるサイタマさん。違います、断じて違います。だから諦めないで、もう一度制止の掛け声を。
 ほとんど加減のない力に、そろそろ目尻が湿ってきた。と思ったら、痛いほど真っ直ぐな視線が私を貫く。「いいか、よく聞け」私にはいつも無感動なそれが、すこしだけ、怒っているような。

「お前だけのヒーローになるのは、この俺だ」

 わあ、ジェノスくんかっこいい。
 サイタマさんの棒読みに、恥ずかしくなったのはこちらである。




(一撃男/130116)


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