「えっ、童帝くんってヒーローなの」
「えっ、知らなかったの僕のこと」
「ただの生意気な小学生だと思ってた。へえーそうなんだあ、すごいねえ」

 にこにこ笑ってどら焼きの箱を商品棚に並べて。信じているのか、信じていないのか。なまえさんの発言は、いつだって疑わしい。
 それ以前に、失礼極まりない発言が耳に入ったんだけど。僕は天下の童帝だ。聞き流せる度量を持ち合わせてる。

「でも、一応S級なんだけどなあ」
「えっ、ヒーローってランクとかあるの。なんだか格闘技の選手みたいだねえ、軽量級、重量級みたいな」
「なまえさん、世間知らずにもほどがあるよ。まさか避難シェルターの存在も知らないなんてことは」
「えっ、」
「もういいよ」

 この分だと、ヒーロー協会の存在なり、怪物や災害の危険指数なり、自分の保身に必要な全ての物を知らないにちがいない。ここ最近、やたらと災害被害が続いてるのに。よく生きてこれたなあと、心の底から感心してしまう。いっそ表彰したいくらいだ。

 国のはしっこに存在するゴーストタウン。人の出入りが盛んな中心地A市。二つの間に存在する大きな森の隅っこで、和菓子屋さんを経営する人。それがなまえさん。この店はおばあちゃんのそのまたおばあちゃんの時代から続いててね、由緒ある老舗なんだよと彼女は言うが、ほんとか嘘かもわからない。
 なまえさんは冗談みたいなことばかりを本気で言うから、たぶん事実なんだろうけど。

「ん? 僕がヒーローだって知らないってことは……まさか、童帝が本名だと思ってる?」
「珍しい名字だなって思ってた。あとちょっとイヤらしいとも」
「これ名字じゃないからね、ヒーローネーム。本名はちゃんと別にあるから。っていうか何がイヤらしいのさ」
「何がって、えー……とりあえず私はいま、童帝くんもちゃんと小学生なんだなって安心したよ」
「はあ? わけわかんない」

 まあ僕は天才だから。ちゃちゃっとパソコンで検索してしまえば、謎はすぐに解明できてしまう。でもパソコンを開いたら、何故か慌てたなまえさんに閉じられてしまった。謎や好奇心の放置はよくない。気になるものはとことん追い詰めていかなければ、今後の僕にも支障をきたす。じとりと下から見つめたら、彼女は笑顔をとりつくろった。「そうだ」と叫んだ声は、ひっくり返っていた。

「ヒーローらしい童帝くんには、とびっきりの感謝を込めて、お姉さん手作りのねりきりプレゼントしちゃおうかな、なーんて」
「また和菓子? たまにはケーキとか作りなよ」
「これでも一応和菓子屋さんだから」
「あんまり客は来ないけどね。はっきり言って立地条件悪いよ、ここ」
「おかげで怪人も来ないからいーの。さ、今日はどんな形にしようかなあ」

 お菓子で僕を釣ろうだなんて。そんな馬鹿らしい発想するのは、間抜けな怪人かなまえさんくらいだ。第一僕は洋菓子派。甘いものだったらなんでもいいわけじゃないし、釣られるほど未熟な思考回路でもない。でも、

「そうだ。有名なヒーローなら、うちの宣伝手伝ってくれればいいのに」
「やだよ」
「えっ、なんで」
「……なんとなく」
「残念だなあ。ま、いいかあ。童帝くんもはやくこっちにおいで」

 なまえさんに手招きされるのは、べつに、嫌いじゃないので。僕を釣る際の要点を、彼女はもう一度考え直すべきだと思う。



(一撃男/130113)


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -