(幼少時音)







「時音ちゃんは泣かないね」

 昔、なまえちゃんはそう言って私を撫でた。
 転んだ時に泣かなかったら、お母さんは「偉いわね」と誉めてくれる。お母さんが嬉しそうに笑うから、泣かないことはいいことという考えが、いつの間にか刷り込まれていたらしい。私は、まったく泣かない子になった。

「泣いてもいいんだよ」

 彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。傷ができたのはわたしなのに、傷を作ったのはわたしの不注意なのに。まるで自分が痛め付けたような顔をして、なまえちゃんはわたしをなで続ける。

「わたし、大丈夫だよ」
「時音ちゃん」
「ちょっと痛いけど、全然へーき。だってなまえちゃんがすぐに治してくれるでしょ」

 腕に巻き付けられた御符に触れる。温水に浸るような感覚が、そこにだけ広がっていた。痛みはすっかり和らいでいる。
 わたしは、この暖かみが好きだ。だから戦ってる最中が苦しくても、こうして仕事を終わらせたあとは、ある意味至福を味わっている気がする。
 だから、泣く必要なんてないのに。

「時音ちゃんは、強いなあ」

 わたしの代わりだと言うように、彼女がぽろぽろと涙を流す。理由はわからないけれど、よけいに泣いちゃいけない気がした。



栓をなくしたワインボトル



(110617)


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