(ウォーレンス)
手袋越しじゃ握手も満足にできないよ。そう笑った次の瞬間、彼女はおれの手袋を奪い盗った。「返せ」睨んで凄みを聞かせても、けとけと笑って逃げてしまう。「欲しけりゃ、自分で奪いなよ」軽々しく木の枝と枝を飛び越えて、あっという間に姿を消した。片方だけ空気に晒された手が、寒い。
「……しかたないな」
たっ、と土を蹴って木々の隙間を駆け抜ける。盗人らしく、彼女は臭いも足跡も残さない。だから許されるのは、目や耳で得た情報のみ。
去った方向へ一目散に駆け、途中でブレーキをかけて耳をすます。ごくわずかに枝の音がして右へ転換。何分か経った頃には、ざっと拓けた場所に辿り着いた。
「さすがだねえ、ウォーレンス」
後ろからとは、ずいぶんと大胆な。ふり返り仰げば、太い枝に彼女は座っていた。ひらり、白い手袋は指で掴んで風になびかせている。
「誉めるくらいなら返してくれないか」
「だからさっきも言ったじゃん。男なら、欲しいもんは自分で奪いなって」
「じゃあ遠慮なく」
拾った小石を指で弾く。それを避けるべく身を傾けた彼女の、目の前へ飛び上がる。「うわ、」目を丸くした隙に、胸ぐらを掴んで引き寄せる。影と影を、重ねた。
「……な、に、して」
「おや、お前が言ったんだろう。男なら、欲しいものは自分で奪えと」
「わ、私が言ったのは!」
「そうだな、もちろん手袋は返してもらう。だがその前に」
手袋をしていない手で、月に照らされた頬をなぞる。冷たかったのか、別の理由からか、彼女の肩がぴくりと揺れる。自然とつりあがる口角を隠さず、もう一度、顔を近づけた。
「盗られた体温も、返してもらおうか」
枝が、二人分の体重でしなった。
(121124)