(ジャーファル)
眠れないの。
そう呟いて首をもたげる彼女はつい最近まで、たしかに幼かった気がするのだが。はて、目の前で物憂げにするこの女性は、ほんとうに私の知る彼女だったろうか。知らぬ間に、どこぞの女と入れ替わったのではなかろうか。
「ジャーファル、どうしたの?」
けれどぱちくりと瞬く様はまだあどけなくて、私はほっと胸を撫で下ろす。(……どうして?)置いて行かれたと焦燥したのか、はたまた旅立つ娘を見る父親の気分か。とはいえ、自分の裾を掴む彼女が、この場から今すぐ立ち去るとは到底思えない。
「……まったく、仕方ありませんね。子守唄でも歌って欲しいんですか?」
「あら貴方、シンに勝る歌を歌えるの? 知らなかった」
「私で不満なら初めからシンに頼りなさい。余計な手間は省くことです」
「仕方ないの。彼は色んな人のお相手で忙しいから。国の『父』がダメなら、頼れるのは『あなた』しかいないのよ」
ねえ、ジャーファル。
くすくすと囁くように笑って。闇に溶けるように私の手を引いて。強調したあなたは何を指し示すのか。考えることを放棄して、柔らかい掌を握り返した。
(121002)