(歴史じんぶつ:伊藤俊輔)
「伊藤さんほど軽薄な人は見たことがありません」
今日はいい天気ですね。そんな日常会話に続けて、彼女はさらりと爆弾を投下した。
――僕が、軽薄。
友人知人、桂先生に至るまでに周知の事実ではあるのだが、彼女からこうも率直に告げられると、何故か胸が痛んだ。彼女はきっとそれに気づかない。
止まった思考がため息の代わりに紡いだのは、
「そうじゃろうかねえ」
お得意の、愛想笑い。
ああ、これがいけないんだろうかと思った時には手遅れで。ほらね、と。彼女は盆を抱え直した。
「世渡り上手なのはいいことですが、それ、心の負担になりませんか」
「はて、僕にゃあなんとも。しかし何かあろうと、君が心配する必要はないじゃろ」
「仰る通りです。でも、気になっちゃうんですよ。どうしても」
「なし?」
「ちょっとした親心のようなものですかね」
「僕より若い癖に」
軽薄、というよりは単純。理由が知れないにせよ、心配されれば喜んでしまう。僕はせいぜいそんな男だ。
仲間たちといれば、太鼓持ちだなんだと揶揄される機会の方がもちろん多い。けれど、彼女といる間はそれなりに素直でいるつもりなのだが。癖というのは、そう簡単に抜けてくれやしないようだ。
「まあ、先は長いけれど。ねえ」
独り言のつもりか、彼女は空を仰ぐ。代わりに僕は、地を見下ろす。
攘夷だなんだと町を騒がせる自分らの先は、少なからず明るくない。いつ、どこで、誰が死期を迎えるかなんて、名将高杉さんですら読めない話だ。
しかし考えるだけで身は震えるのに、襲撃の瞬間の興奮だけは忘れられない。あの瞬間だけは、自分が大物になれた気がする。百姓風情がなんて罵倒は、どこからも、聞こえない。
(その勢いがありゃ、彼女と接するのも楽じゃろうに)
はあと息をついて、長椅子から湯飲みを取り上げる。水面に映る自分はなんと情けない顔をしたことか。
そんな心中を咎めるように、ねえ、と凛とした声が耳朶を打った。
「伊藤さん、知ってます? これでも私、人気の看板娘なんですよ」
「そうじゃろな。君はえらくべっぴんさんじゃから、うん」
「……そうやってあなたが誰彼構わず口説いてる間に、さっさと他の誰かに嫁いじゃうんですから」
「え」
「それが嫌なら、がんばってくださいね。色々と」
どうしたことか。彼女の頬がうっすら色づいて見えるなんて。僕の目は知らない間に、都合よく物を見せてくれるようになったらしい。
ナンパ船に同乗
(120426)