「藍さまに会いたいなあ」

 菓子に伸ばしていた手を止めた。そのままゆうっくり目線を上げれば、なまえの唇が弧を描いていた。「どうしたの、一葉」妙な猫なで声に、鳥肌が立つ。

「お前、狙ってたな」
「なんの話?」
「おかしいと思った。ドケチなお前が、花果や流だけじゃなく、俺らにまで菓子を持ってくるしよ」
「ドケチじゃなくて、常識的なだけですう。自分の子らだけでも手一杯なのに、あんたら大ぐらいの面倒まで見れないっての」
「どっちでもいい。俺から見ればケチでしかねぇ。羅漢を見習え」
「一葉こそ、羅漢の優しさを見習いな。それでー? 次に藍さまに会うのはいつなのかなー?」

 なまえが嬉々としてにじり寄って来るが、俺としては至極どうでもいい上に、できれば関わりたくない話である。むりやり視線を外して、菓子を鷲掴みにした。

「知らねえよ。全部あいつの気まぐれだ」
「なんだ一葉、使えないなあ」
「なまえさんったら何を今さら。師父が使えないのは元々ですよ」

 がつん、と隣のてん紅に拳を落とせば、鳥獣みたいな悲鳴が上がった。そのあともばか騒ぎを続けたが、俺は完全無視を貫き通す。
 これがもし花果や流ならなまえも同情しただろうが、生憎、あいつはてん紅に興味がない。「自業自得だよ、てん紅」そうして見事に俺の気持ちを代弁してくれた。自分のことは完全に棚にあげてやがるがな。
 大きくため息をこぼして、なまえが机に沈んだ。

「あーあ、お菓子、無駄に用意しちゃったなあ」
「安心しろ。俺らで全部食べてやる」
「あっ、俺も食べますー!」
「二人じゃ意味ないの! 私はねえ、藍さまに食べて欲しくて、わざわざ作ってきたんだよ!」
「は?」
「え?」

 俺とてん紅が同時に固まる。二人そろってなまえの言葉を脳内で巻き戻し再生。それからなまえが「ツクッテキタ」らしい、卓上の焼き菓子に目を奪われた。なんてこった。

「おまっ、なまえ! なんつーもん喰わせんだよ!」
「はあ? 何が、」
「どどどどどうしましょう師父! 俺、一皿まるまる食べちゃいましたあ!」
「吐け! 吐き出せ今すぐ吐き出せ!」
「お前ら心底不愉快だな! さっきまで遠慮なく食べてたくせに!」
「当たり前だろ! お前が作った料理だなんて知ってたら、怖いものみたさでも絶対喰わねえよ!」
「おおお俺どうしよう……もう駄目かもしれない……」
「理不尽すぎる! 燃やすぞコラア!」

 なまえの罵声、てん紅の悲鳴、俺の嘆声。耳障りな三重奏は、部屋いっぱいに反響して、俺たちの盛り上がりを更に加速させた。
 なまえがてん紅に飛びかかり、てん紅は額と肩を抑えて遠ざけようとする。その隙に、こっそり焼き菓子に手を伸ばした俺は、とある事実を思い出した。
 未だ牙をむき出しにするなまえに向かって、一言放つ。

「采和のやつ、たしか甘いもん嫌いだぞ」
「え」



三馬鹿



(110614)


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