一歩踏み入れた瞬間、俺はびびっと何かを感じた。この家に来るようになってから、この感覚はもはや恒例となっている。
 嫌な予感ではない。妙に浮き足だち、胸がうずうずして、思わず高らかに歌いたくなるような。そんな明るい高揚を感じた。

「いらっしゃーい!」

 ぱあっ、と明るい笑顔が両腕を広げて俺を出迎える。勢いのよさに俺は靴も脱げず、寒い玄関に立ち尽くした。けれど体はほかほかと温度を上げていて、なんとも言えず、俯いてしまう。「こ、こんばんは」挨拶を絞り出すだけで精一杯だった。けれど彼女は、変わらず晴れやかに応えてくれる。

「こんばんは、雪村くん。外は寒かったでしょ? ほらほら、早く上がって。ご飯たべよう!」

 にこにこにこ!
 そんな擬音が聞こえそうなくらい眩しい笑顔。直視するには強すぎて、やっぱり俯き気味なまま頷くしかない。
 恐る恐る靴を脱いで、慎重な足取りで家に上がる。

「お邪魔します……」
「うん、おいでおいで!」

 からっと笑い、彼女は元気いっぱいに俺の手を引いた。俺よりも年上のおんなのひと、だから。彼女の手は、子供の俺より少し大きい。けれど豆だらけな俺の手より少し柔らかくて、家のなかに居たからか、とても暖かい。
 強ばっていた体から、ほっと力が抜けたのは一瞬。同時に、さっき感じたくすぐっさたさが、勢いを増して体を震わせる。恥ずかしいのか、嬉しいのか。曖昧すぎて自分でも区別はつかない。
 ただ一つ、確実なのは。

「ねえなまえちゃん。ぼくのことは出迎えてくれないの?」
「うわっ、士郎……止めてよ、もう。いきなり来たらビックリするでしょ」
「ごめんね。でもきみが雪村ばっかり構うからさ、寂しくなっちゃって」
「はいはい、みんなで一緒にご飯食べようね」

 くすくす。肩を寄せて囁き合うように笑う吹雪先輩となまえさん。そんな様子から、彼らの関係を改めて思い知らされる。
 彼女は、吹雪先輩の大切な人。
 この事実が、俺を酷く沈ませているだなんて。できれば、胸を張って言いたくないということだ。


知らぬが仏

(会えば会うほど沸き立つ想いに比例して、知れば知るほど塞ぐ心。けれど俺は、比較できないほど二人が好きなんだ)

(120402)


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