(剣城の機嫌が悪いようです)








 息巻く男の前に手を翳して牽制。眉間の皺を深くした彼は、あからさまな舌打ちと共に私の腕を掴んだ。

「どけ」
「どかない。どいたらあんた、何するか分かったもんじゃないし」
「……いつまでも、女王様気分でいられると思うなよ」

 言葉と共に、ぐるりと反転した視界。剣城はすっかり消えていて、代わりに、捻り上げられた腕の痛みが増す。顔をしかめて僅かに後ろを振り向けば、優越感の滲み出た瞳がこちらを見下ろしていた。

「剣城」
「飼い犬に手を噛まれた気分、ってか? いい様だな」
「あんた、ずいぶん自分のこと卑下してるのね」
「先に番犬って言ったのはお前だろ」
「まさかあれ、真に受けてたわけ?」

 素直に驚いた。声の感情も僅かに上がる。剣城自身も予想外の反応だったらしく、腕の拘束が緩んだ。元々大して強くなかったこともあり、逃げることは容易だった。
 するりと抜けた腕に驚いて、剣城が咄嗟に手を伸ばした。今度はその手に、腕ではなく、きちんと手を掴ませてやる。ギシッ、と彼が固まった。

「嫌な思いさせたんなら謝るわ。私、別にあんたのこと見下したかったわけじゃないもの」
「……俺は、べつ、に」
「私は、あんたと仲良くなれたんだと思ってた。他よりも懐いてくれてる気もしてた。だから、けっこう嬉しかったのよ」
「なっ」
「でも、嫌なら嫌ってハッキリ言ってくれなくちゃ。何も言われないで分かるほど、私、超人じゃないの」

 困った顔をする剣城に、すこしだけ微笑んでみせる。
 どこか不器用な彼は、見ていてすこし微笑ましい。自分にも似た点があるせいで、ついつい構いたくなってしまう。だが、それで嫌な思いをしたなら非を認めるしかない。それでも構いたいと欲が出るのは、もしかして、母性本能というやつだろうか。
 剣城が、ふいと視線を逸らした。

「俺は」
「うん」
「別に……嫌なわけじゃ、ない」
「そう、よかった」

 それ以上も、それ以下の言葉もない。多分これが、今の剣城の精一杯。あまり多くを求めても良いことはないし、しばらくはこれで許してあげよう。代価は、恐る恐る握り返された手、ということで。



足並み揃えてワン・ツー!



(110904)


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