(高校立向居と大学生)







「……何、してるんですか」

 すこし困ったような声音に、私は「遅れてごめんね」と両手を合わす。かっちりとブレザーを着こなしたその少年と私を見比べて、隣にいた先輩は片眉を上げた。

「弟?」
「いや、違います」
「だよなあ、似てないもん。っていうかこの子、どっかで見たことあるような……」
「ほら、前に言いませんでしたか? 私、中学生のときイナズマジャパンでマネージャーしてたんですよって」
「あ、わかった! イナズマジャパンの控えゴールキーパーだ!」
「大正解!」

 歓声を上げて、先輩がハイタッチを求めてくる。私はノリノリで、手のひらを叩き返した。最後は互いに拳をぶつけてガッツポーズ。黙って見ていた立向居くんは、唖然と口を開いていた。
 立向居くんの驚きなどお構い無しで、興奮した先輩がオーバーアクションで彼に近づく。

「ねえ君さ、ほら、あのなんだっけ……手がどわぁーっと出てボールキャッチする技!」
「ムゲン・ザ・ハンド、ですか?」
「そうっそー、それそれ! それさあ、ここで見せてくんない? ぐわあーっと、どどーんってさ」
「え? え、っと」
「駄目ですよ先輩、こんな往来じゃ迷惑になります。それから、立向居くんに面倒な絡み方しないで下さい」
「あん? なんだみょうじ、先輩さまに楯突くつもりか?」

 骨を無くしたようにぐにゃり回転すると、先輩が私の肩を鷲掴みにした。驚いて声を上げた直後、視界いっぱいに広がる朱に染まりきった顔。私が怯んだ隙に、ぶはあ、と先輩が息を吐き出した。遠慮なしに漂う酒気に、思わず顔をしかめた。

「ちょっ、先輩くっさ!」
「なにおう、まだ生意気言うか! この不届き者めえ」
「いやいや流石にこれはちょっとキツ、わっ」

 ふいに、腕を引かれてバランスを崩す。大して力の入らない先輩の手が、するりと肩から離れた。

「すいません」

 僅かに棘を孕んだ声が、頭上から降り注ぐ。数年前より掠れた声に、倒れた先を思い知った。慌てて距離をとろうにも、腕を掴まれていてはどうしようもない。目の前では先輩が、唖然と口を開いていた。
「…立向居くん?」長い沈黙に耐えきれず、ゆっくり上を向いた。彼の青い瞳は、先輩だけを映している。引き結ばれていた唇が、ためらいがちに開かれた。

「すいませんが、なまえさんは俺の大切な人なんです。だからあまり、手を出さないでもらえませんか」

 なんて、ことを。開いた口が塞がらない。先輩も同じ状態で固まってしまう。唯一、立向居くんは至って真摯な眼差しで、まっすぐに先輩を見続ける。
 だからなのか。いつの間にか私は、腕を掴む彼の手に自分の手を重ねていた。一瞬立向居くんが不思議そうな顔をして、でもすぐにやわらかい笑みを浮かべて私を見た。ぼっ、と顔に火がついた。

「まあ、なんていうか」

 酔いは醒めたに違いない。別の意味で赤ら顔を浮かべた先輩が、一つ、咳払いをする。

「イチャつくんならよそでお願いします」



ぼくらの正義



(110623)


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