とん、と肩を押された。
ぼんやりしていただけの私は、呆気なくソファに倒れこんだ。視界に映るのは天井、かと思いきや、薄ら寒い笑みを張り付けた士郎に埋め尽くされた。両手首は彼の手によって、ソファに縫い付けられてしまう。
「あの人は誰?」
「あの人?」
「ほら、さっき、君と一緒に車から出てきた人だよ」
数秒考えて、その存在を思い出す。なかなか体格の良い彼は、人柄も良い、すごくいい人だ。
「仕事先の同僚なんだ。暗いからって送ってくれたの。優しいよねえ」
「へえ、そう」
さして興味もないらしく、士郎は早々に会話を切ると、私の首筋に顔を埋めた。びくりと全身が跳ねる。繰り返される呼吸がくすぐったい。「士郎!」慌てて非難の声を上げると、ぬるり、生暖かい感触が首を這った。小さく、悲鳴をあげた。
「し、士郎、何して」
「ずいぶんと今更な反応だね。もっと前に、そもそもソファに倒された時点で危機感は持つべきだと思うよ」
「は、はあ」
「まあ、恋仲でもない男と、夜、車みたいな密室で二人きりになるなんて方が危ないかな。こういうことされる可能性もあるんだよ。気を付けなきゃ」
「もしかして、さっきの人の話?」
「彼を含めた、男全員の話」
士郎が話し終えた途端、チリ、と僅かな痛みが首筋に走った。驚いて身を固くすると、ようやく士郎が顔を見せる。穏やかに見える瞳の奥で、ギラギラと、鈍い光が揺れていた。
「ぼく以外、みんな危ないよ」
今一番危なっかしい人に言われても、説得力の欠片もありゃしない。私が顔をひきつらせて「ご忠告ありがとう」と告げたなら、北の狼は満足げに大きな口を開いた。
いわゆる嫉妬の話です
(110623/首筋へのキスは執着の証)