がらり、扉が開く。そこから現れた姿に、思わず目を見開いた。次いで、手中の小皿が落下する。

「何をしている」

 バダップさんが、眉間に皺を寄せた。嫌な金属音がわたしの脳内でも繰り返されて、頬が引きつった。

「ど、どうも……」
「早く拾え」
「あ、はい!」

 大慌てでしゃがみ皿を取る。ヒビは無し。ほっと息をついて立ち上がったら、バダップさんが未だに戸口に立ち尽くしていることに気がついた。どうしたのだろう。つい首を傾げて声をかけてしまった。
 彼は、一つ瞬いた。

「中に入らないんですか?」
「……何故」
「え? えっと、冷蔵庫に用があるのかなって……あ、わたしがお取りしましょうか」

 小皿をシンクに置いて、冷蔵庫に向かう。そうだ、ついでだから調味料も出しておこう。バダップさんは少し薄い味付けが好きだから、あまり多用はできないけれど。付け足し程度なら許されるだろう。
「飲み物でも、」おとりしましょうか、と。喉まで出かかった言葉が、急激に腹へ逆流する。そろりと首を回せば、彼がわたしの手首を掴んでいた。

「……バダップさん?」

 恐る恐る、浅黒い顔を覗き込む。僅かに眉が反応すれど、他は一切微動だにしない。本当に、どうしたのだろう。「あの」と問いかけた途端、ピリ、と張り詰めた空気。澄んだ赤色の中に、不安げなわたしが映った。

「冷蔵庫に、用はない」
「そうなんですか?」
「俺は、お前に用がある」
「はあ……って、わたし?」
「そうだ」

 それからゆっくりと動く彼の唇が紡いだ言葉に、わたしはとうとうおたまを手放してしまった。



ただ、いま



(110526)


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