「ほら」
差し出された手をみて、瞬きを一つ二つ。意味がわからず顔を上げたら、目の前の彼女はけらけらと笑った。
「早く行こう。みんな待ってる」
できることなら、一人にしておいて欲しかった。昔からずっと、ぼくは何かあると一人蹲って考えこむ傾向がある。そうしてしばらくすると、ぼくの中にいる「アツヤ」がぼくを叱咤して、何とか立ち上がらせてくれたものだ。
けれど今、ぼくと、ぼくの中にいる「アツヤ」は摩擦を起こし始めていた。ぼくは「アツヤ」を抑えこむのに必死で、次第にみんなから距離を取っていく。一歩離れた場所から、みんなを見る。これはたぶん、昔からずっと無意識にやっていたこと。そうしてぼくは「アツヤ」と二人きり。完璧について、終わりのない攻防を繰り返す。
だから、もう、別の方法なんてわからない。解決法も見つからない。なのに、みんなが必要とする「アツヤのぼく」から逃げて、「ただのぼく」でありたいと、いつしかそんな気持ちが芽生えてしまった。答えのない恐怖は、やがてぼくを色んなものから遠ざけた。
「もう少ししたら行くよ。だから、先に行ってて」
「そんな悠長なこと言ってー。ご飯なくなっちゃうぞー?」
「それならそれで、ぼくは構わないよ」
「いんや、士郎がよくても私はよくない! 晩ごはん抜きとか絶対我慢できないわあ」
「……だから、なまえちゃんは先に……」
ぱし、と。両手が掴まれる。思わず肩を跳ねさせたら、彼女はまたけらけらと声をあげた。楽しいことなんて、何一つないのに。浜辺に打ち付ける波にも負けないくらい、なまえちゃんは高らかに言葉を放つ。
「私さあ、完璧とか最高のプレイとか、よくわかんないんだけど」
繋がった腕がゆらゆらと振れる。ゆっくり伝わる体温が、腕を越え、肺を越え、心臓まで達したとき。「でもね」と続いた彼女の言葉も、ぼくの脳をゆさぶった。
「私はただ、士郎と一緒にいたいと思う。それじゃあ、だめなの?」
珍しく眉を下げて笑う彼女に、既視感を覚える。気づいたら、ぼくを捕らえたぬるい手のひらを、強く握り返していた。
愛対ロジック
(きみの言いたいこと、ぼくには少し難しすぎるみたい)
(だけどね、ほらね、きみが一から教えてくれるなら、何か見つかる気がするんだよ)
(110425)