「君って、バダップのことが好きなのかい」
箸をテーブルに落としてしまった。悲しい音を立てたそれらはそのままころころと転がり、ついにはテーブルからも落下。「汚いよ」眉間を寄せたミストレさんの一言で、わたしは慌てて椅子から立ち上がった。
「い、いきなりなんなんでっか」
「その反応、図星? っていうか時代劇の観すぎ?」
「時代劇は、好きですけど」
「そう。まあ君の趣向なんて俺は興味ないんだ。それで、バダップのことは好きなの?」
せっかく拾った緑の箸はまたもや手から滑り落ちる。からんころん。この音がなんだか胸に悪い。テーブルの下に顔を隠して、わたしは足りない頭をフル稼働させる。なにか、なにか言い返さないと。
「み、」
「皆さん好きです、なんて言ったら蹴飛ばすからね」
「うああ……」
定番の文句をあっさり見破られた上に、ミストレさんが放った嬉しくもないわたし限定の乱暴な発言に、思わずうなだれてしまう。大体、異性に関して「好きか嫌いか」を問われて、その意図を読めないような鈍感な人物なんて完全なる空想話だと思う。生憎わたしはそういった可愛い人種ではないし、更にはみんなほど機転が利くわけでもない。うまくかわす術を早々思いつけるはずがなかった。
テーブルの下からそっと顔を覗かせたら、意外にもミストレさんはこちらを凝視していた。ばっちりぶつかる視線と視線。わたしはまたゆっくりとテーブルの下にしゃがみこんだ。
これはもう、腹を括るしかない。しゃがんだときよりもゆっくりと、わたしは唇を動かした。
「……だ」
「だ?」
「だいすきで、いったあ!」
なぜか脛を蹴飛ばされて目尻に涙が浮かぶ。正直に言おうとしたのに。やっぱり、ミストレさんはいじわるだ。
羊と狐
(なまいきだよと狐が嗤った)
(110409)