「サッカーがない世界なら幸せになれる、なんて保証はありませんよ」

 日々の時間が漫画のコマのように流れるなら、一枚一枚巻き戻ることもできるだろうということで、少し前の失言だって一ページ捲って破り捨ててしまえばいいわけだ。けれど現実はそうそう甘いものではなく、一秒前の失言も一分前の失言も同等に重い価値を持っていて、相手が記憶を消去してくれない限りは傷も溝も気まずさも取り除けやしない。

「…何が言いたい」
「わっ、わたしはただ、思ったことを言っただけです。本当に、あなたはこれでいいのかと」
「俺を、否定するのか」

 ひゅっと何かが頬を掠めると、まもなく耳元で響いた何かがはぜる音。細かな落石音と共に壁から引き抜かれたのは、彼の足だった。

「俺の進む道を邪魔するなら、誰であろうと消す」

 冷ややかな瞳に睨まれて、心臓がぎゅうっと縮こまる。見た目がいくら麗しかろうと、ここまで冷酷な空気ではときめけやしない。全身の毛穴から噴出したのであろう冷や汗に、徐々に体温が奪われる。引きつった笑みに返されたのは、容赦ない圧迫感。ゆっくり動いた唇は、音もなく私に釘を刺す。



例えそれがお前でも
(そこで知りました)
(先を見据える彼にとって、わたしは蟻に等しいのだと)



(2010)


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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