(仮に春奈と一緒に魔界へさらわれた場合)







「お前は今日から俺の嫁だ」

 嫁。結婚して夫の方の家族になった人。結婚。男女が契りを交わして夫婦になること。つまり嫁はそのうち妻へと呼称が代わり、やがて奥さん、子供が生まれればお母さんへと呼び方が変わってしまう。それが、嫁。

「いやいやいやいや、ちょっと待て。あんたはたしか、魔王への生贄を探してたんじゃなかったか?」
「そうだ。けどもう既に一人決まったんだから、残りもんはどうしようと問題ねぇだろ」
「残りもんって私か! 失礼だなおい!」
「うっせぇ、騒ぐな!」

 ぐっと襟を引かれて重心が傾いた。ふんばって転倒は免れたものの、相手との急接近に思わず息がつまった。鼻先が触れ合うかどうかの至近距離。黒々とした瞳に映る私は、情けなく眉を下げていた。

「それでいい」

 デスタの唇が三日月に歪む。隙間から覗く尖った犬歯が、マグマに照らされ赤く浮いた。同じようにぎらぎらと輝く瞳は、かの北の狼よりも凶暴な光で満ちていて。

「お前に、拒否権なんてねえんだよ」

 乱暴に顎を掴んで顔を固定される。逃げ道は閉ざされた。意地でも目を逸らさない代わりに強く拳を握ったが、それでも、震えは止まらなかった。



服従せよ
(弱きは強きに屈する定め)



(2010)


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