「豪炎寺」
「なんだ」
「なんでもない」
「そうか」
ぎいこ、ぎいこ。錆びれた音が耳に痛いブランコに乗って、私と豪炎寺は空を仰ぐ。ぎいこ、ぎいこ。先ほどから揺らしているのは私だけで、豪炎寺はただじっと板の上に収まっていた。
「ごーえんじー」
「なんだ」
「なんでもない」
「そうか」
豪炎寺はいいやつだ。
確信に近いこの印象を面と向かって彼に伝えたことはない。けれど無駄口を生まず、穏やかな時を作り出すこの瞬間がひどく心地よくて、気付けば私は彼の隣りに陣取ることも多くなっていた。
「豪炎寺さあ、サッカー好き?」
「ああ」
「そっか。私も好きだよ」
「そうか」
とりとめのないこのやり取りに意味はない。彼のサッカー好き具合だって、今更な話である。円堂だって、雷門イレブンの皆だって、マネージャーの皆だって。サッカー部の面々は、誰だってサッカーが大好きなのだ。
だからと言って、永遠にサッカーができるとは限らない。当然のことだ。子供はいつか大人になり、人は各々やるべき事を見つけていく。それがサッカーである人もいれば、別の何かに輝きを見出だす人だっているのだろう。
それが、豪炎寺にとっては「医者の道」。何よりもまず、この道が第一にこなければいけない。そう、決まっている。決められている。
「ねえ」
ため息ともに押し出した呼び掛けは、呆気なく空気中に霧散する。それでも彼の姿勢は変わることなく、じいっと、真摯な目線を私に注いでくれた。視線が交わることはないと知りつつも、彼はひたすら自分の黒水晶へ私を映し込む。
「ずっと、皆一緒にいられたらいいのにね」
ぎいい、こ。隣りのブランコが一度だけ揺れた。やっぱり、豪炎寺はいいやつだ。
妥協に待ったなし
(思い出にするには、)
(まだ早いけれども)
(2010)