「わっかんないな」
「わっかんないねえ」

 二人揃って教科書をつつく。日は明るくても、私たちの気分は暗い。シャーペンを唇に乗せて肘をつく燐くんと、シャーペンで頭をかく私は、紛れもない馬鹿である。

「困ったね、明後日からテストなのに」
「雪男のやつ容赦ねえからな。答えカンニングさせてくれねえし」
「そりゃ無理だよ、奥村先生は先生だもん」
「ちえー」

 かつこつ、机を軽く叩きながら燐くんはますます唇を尖らせる。
 口ばかり動かしても意味がないことはよく分かる。手を使い、目を使い、頭を使ってようやく勉強になる。けれどそれに至る脳を、私たちは持ち得ない。困ったねえ、とまた首を傾げて、私は教科書を持ち直した。

「あれえ奥村くん、これ、なんて読むかわかる?」
「どれ?」
「これ」
「ああ? だからどれだよ」
「だあからこれだって。ほら、神々が集いしうんちゃらのっていう」
「お、これか!」

 ふと、頬がくすぐったくて真横を向くと、驚くほど至近距離に青い瞳が輝いていた。無邪気一色なその様に、思考が一旦停止して、まもなくのんびりと回転を始めた。燐くんの目、ぱっちりしてるな。

 その時、教室の後方で破壊的な音がした。

 ぎょっとして二人でふり返り、二人一緒に目を丸くする。竜士くんが、机に両手をついて立ち上がっている。それはいい。ただ、まとう空気が尋常じゃない。すぐそばにいる子猫と廉ちゃんは、すっかり顔が青ざめていた。

「な、なんだ……?」
「さあ……」
「うお、こっちに来るぞ!」
「ええええっ」

 寄ってくる竜士くんの顔は凄まじい。にじみ出る怒りはもはや妖気に近い気がする。
 慌てる私たちなどお構い無しに、後数センチまで迫る彼に血の気が引く。すっ、と手が揺れたのを視界の隅に留めて、思わず身構えてしまった。

「貸せ」

 張りつめた緊張が、疑問に飛んだ。竜士くんは至って真面目な顔で私たちを見下ろしている。一方の私たちは、頭の回転の遅さから「え?」と首をひねるのが精一杯だった。あからさまな舌打ちが、耳を刺した。

「教科書貸せっちゅうとるんじゃボケ!」
「あっ、は、はい!」
「で、でもなんで教科書? 勝呂も勉強すんのか?」
「ダアホ、お前らの勉強見たろ思っただけや! アホ二人が揃ったかて、なんの進展もあるわけないやろ! ちんたらしおって、見とるだけで腹立つわ! さっさとわからんとこ言わんかい!」

 ほら、どこや!
 勢いのままどかっと目の前に腰かけて、竜士くんが机を叩く。私はびくびく怯えながら、燐くんは汗を大量に流しながら、それぞれ別方向の疑問を示す。
 竜士くんは、さっと教科書に目を通し、ぐっと眉間に皺を寄せる。けれどため息も小言も使わない。とんとん、と指で机を叩いてから「よし」と何かを決心したらしかった。鋭い目が、私たちを貫いた。

「今日から試験の朝まで、俺がきっちりしごいたる」
「うげえ、まじかよ!」
「えええ、そんなあ」
「何やお前ら文句あるんか!」
「ありません!」
「右に同じく!」

 かくして、私たちのお勉強大作戦が始まった。結果が如何に終わったのか、それはまた、別のお話。



つける薬はありませんのでどうぞ僕を使いなさい



(110920)


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