龍井さんは悪い人じゃない。
 誰にでも分け隔てなく、やわらかい応対ができる大人の男性。その上に空気も読めるから、さりげない気づかいだって余裕でこなす。ほんとうに、いい人。だから、慕う女性が多いのも、自然な流れなんだと思う。

「嬉しいことを言ってくれるね。そんなきみも俺を慕ってくれてるのかな?」
「どう思います?」
「違う気はするよ」
「さすが、空気読める男は違いますね」

 けらけら笑ってから、用意された茶菓子に手を伸ばす。いい男ついでに料理もできてしまうなんて。優良物件にもほどがある。
 それでも私が惹かれないのは、彼が有能すぎて怖いから。自分たちの開きすぎた距離は、やすやすと埋まるものではない。第一、近づこうとするのもおこがましい。

「私の場合、こうやって時々お茶に呼ばれるだけで満足です。だから、そうですね、お菓子作りの点に関してはかなり慕っています」
「なんだか複雑だなあ。きみはもう少し、空気を読む術を学ぶべきかもしれないよ」
「どういう意味ですか?」
「聞かれて口を滑らすほど、私は愚かではないさ。自分でちゃんと考えてごらん」

 髪を一房すくわれて、思わず身がすくむ。龍井さんは苦笑して手を放した。かわりに、卓上の菓子皿へ反対の手を伸ばす。紙につつまれた月餅を取り上げて、一口。私も真似て月餅を咀嚼していたら、彼はぽつりと呟いた。

「もしもすべてがわかったなら。今度は、私の招待がなくとも遊びにおいで。いつでも待っているからね」



開封はまだ先



(111116)


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